2018年2月28日水曜日

アラフォー男性の年収中央値の変化

 前回は,アラフォー男性の貧困化が全国的に進んでいることを明らかにしました。1992年と2012年の年収比較によってです。

 しかるにそこで指標としたのは,平均年収です。平均値(average)はデータの傾向を端的に表す代表値ですが,分布の中の極端な値に引きずられる難点があります。年収の平均値は,メチャクチャ稼いでいる一部のスタープレーヤーに釣り上げられてしまうと。

 そこで今回は補足の作業として,中央値を出してみようと思います。中央値(Median)とは,データを高い順に並べた時,ちょうど真ん中にくる値です。計算に手間がかかりますが,年収分布を集約した代表値としては,平均値よりもこちらのほうがベターでしょう。

 度数分布表から中央値を出すやり方を説明します。下表は,2012年の『就業構造基本調査』から採取した,35~44歳男性有業者の年収分布です。
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/database?page=1&toukei=00200532&result_page=1


 年収が分かるのは871万5200人。全体を100とした相対度数(%)にすると,中ほどが厚いノーマル分布であることが知られます。最頻階級(Mode)は300万円台です。むーん,近年では働き盛りの男性でも,最も多いのは年収300万円台なのですね。

 ここで明らかにしたいのは,ちょうど真ん中の値(中央値)ですが,右端の累積相対度数から,年収400万円台の階級に含まれることが分かります。中央値は累積相対度数が50ジャストの値ですが,それは何万円になるか。按分比例を使って推し量ります。以下の2ステップです。

 按分比 = (50.0-41.9)/(60.1-41.9) = 0.4444
 中央値 = 400.0 +(100.0 × 0.4444) = 444.4万円

 2012年のアラフォー男性の年収中央値は444.4万円と推測されます。前回出した平均値(479.6万円)よりだいぶ低くなっています。一部のスタープレーヤーの影響が除かれた結果です。

 20年前の1992年は497.0万円でした。この20年間で,アラフォー男性の年収中央値は50万円以上ダウンしたことになります。

 同じやり方で,47都道府県の35~44歳男性有業者の年収中央値を都道府県別に計算しました。平均値は計算式が一律なので一発なんですが,中央値の場合,それが含まれる階級うが県によって異なるので,結構手間がかかります…。

 下表は,1992年と2012年の年収中央値を高い順に配列したものです。


 500万円を超える県が減り,代わって400万円に満たない県が増えています。2012年では,後者の県が20にもなります。

 子どもの教育費がかさみ,介護保険などの負担も上乗せされるステージですが,年収400万円に満たないというのは,正直キツイでしょう。奨学金の返済どころではありません。ちなみに,上表のデータは税込みの額ですので,各種保険を差し引いた手取りはもっと少なくなります。

 この20年間で年収中央値が80万円以上減っているのは,埼玉,千葉,神奈川,京都,大阪,奈良です。奈良では,100万円も下がっています(547.2万円→447.0万円)。

 これらは子育て世帯の専業主婦率が高い県ですが,男性の年収がこうも下がっているとあっては,これまでのモデルも維持できなくなるでしょう。今日の朝日新聞によると,大阪市にいて,保育園落選者が「働かないと破綻します」と悲鳴を上げているそうです。
https://www.asahi.com/articles/ASL2H5JTDL2HPTIL01F.html

 平均値ではなく中央値でみると,アラフォー男性の貧困化がよりクリアーに見えてきます。いろいろな角度から眺めてみるものですね。

 今年の夏に公表される,2017年の『就業構造基本調査』のデータではどうなっているか。2017年といえば,私の世代(76年生まれ)が41歳の年です。世紀の変わり目の氷河期に大学を出た,ロスジェネ世代の悲惨さがますます露呈していると思われます。

 最近の好況で労働者の賃金はアップしているといいますが,正規のキャリアを積めていないロスジェネは蚊帳の外という指摘もありますし。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO26847110T10C18A2EE8000/

 それはさておき,今回のデータでもって言いたいことは,前回と同じです。年功賃金を前提としたシステム(教育費の親負担,ローン奨学金…)は,もう成り立たなくなりつつある。こういうことです。

2018年2月22日木曜日

アラフォー男性の年収変化

 大学卒業時が就職氷河期だった,ロスジェネといわれる私の世代ですが,いよいよ40代に差し掛かってきました。子どもの教育費がかさむ時期で,学生時代に借りた奨学金の返済を続けている人もいるでしょう。
http://tmaita77.blogspot.jp/2018/01/blog-post_22.html

 しかるに,今の40代は一昔前の40代とは違います。上述のように,学校から社会への移行期が不況のどん底でしたので,正規就職が叶わず,非正規雇用に滞留している人が数多くいます。わが国は,新卒時の一発勝負の社会ですので。順調にスキルやキャリアを積めていない人も多し。

 それに年功賃金も薄れてきてますので,若い頃から右上がりに昇給してホクホク,という人も少なくなっているのではないでしょうか。

 5年刻みで実施されている『就業構造基本調査』のデータをもとに,35~44歳男性有業者の年収変化を観察してみましょう。
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/database?page=1&toukei=00200532&result_page=1

 バブル末期の1992年と,最新の2012年調査のデータから年収(税引き前)の分布を拾うと,以下のようになります。


 1992年のアラフォー男性有業者は912万人,2012年は872万人です。1992年は階級の刻みが粗いですが,最も多いのは年収500~600万円台となっています。対して2012年の最頻階級は,300万円台です。

 階級を揃えて,人数の構成比(%)にしたグラフを作ってみましょう。


 この20年間の変化が見やすくなりました。ピークは,年収500~600万円台ですが,2012年はその山が下がり,代わって低収入層が増えています。

 のマークで囲った部分は年収300万未満ですが,この割合は,1992年では15.7%でしたが,2012年では23.6%に増えています。最近では,アラフォー男性の4人に1人が,年収300万未満であると。これは税込みの年収ですので,実際の手取りはもっと少なくなります。

 このグラフをツイッターで発信したところ,多くの方に見ていただけました。中京大学の大内教授が言われていますが,奨学金の返済どころではない人が増えていることが知られます。
https://twitter.com/ouchi_h/status/965935583263522817

 最初の度数分布表から,階級値(真ん中の値)を使って平均値を計算すると,1992年が548.4万円,2012年が479.6万円となります。この20年間で,アラフォー男子の年収は70万円近くも減っていると。

 これは全国値ですが,都道府県別の度数分布も原資料に出ていますので,同じやり方で47都道府県のアラフォー男性の平均年収を計算できます。1992年と2012年のデータを対比すると,怖いことが分かります。


 どの県も,出費がかさむアラフォー年代の年収はダウンしています。埼玉,千葉,神奈川,石川,岐阜,京都,奈良では,100万円以上の減です。

 黄色マークは年収500万円以上ですが,その数は大きく減っています。1992年では25県でしたが,2012年では6県のみです。

 これを地図化すると,身震いするような模様になります。下のマップは,アラフォー男性の年収が500万円を超える県に色をつけたものです。


 「失われた20年」の可視化以外の何物でもありません。2012年では,埼玉や大阪も白色,働き盛りの男性の平均年収が500万円に達していないのです。

 ツイッターでこの地図を発信したところ,かなり注目され,多くのリプがついています。そこで書いた,やや汚い言葉での主張をここで繰り返させていただきます。
https://twitter.com/tmaita77/status/965944504858525697

 もう成り立たねえよ。奨学金返済,学費の親負担という「年功賃金」を前提としたシステムは。

 これだけ収入が減っているのに,子どもの教育費負担,奨学金の返済がのしかかるのはツライ。そもそも,子どもの教育費の大部分を親に払わせる,高等教育の学費をローンで賄わせ,後から返済させるというのは,年功賃金を前提としたシステムです。

 しかしここではっきり示したように,それは崩壊しつつあります。ロスジェネという特殊世代の要因かもしれませんが,より最近では,事態はもっと悪化しているかもしれません。昨年実施された,2017年の『就業構造基本調査』のデータではどうなっていることか…。

 若い世代の皆さん。「一つの会社に長く勤めれば給料が上がる。石の上にも3年。若いうちは辛抱しろ」などという,上の世代の戯言に騙されるべからず。気に入らなければどんどん転職しましょう。副業をして,どこでも通用する汎用性のあるスキルを身に付けましょう。

 年功賃金の崩壊というのは,教育費の家計押し付け型や,長期の飼い慣らしによる家畜労働というような,わが国の病理を克服するいい契機かもしれません。変化はチャンスです。

 今回のデータは,奨学金政策の担当者の方に,ぜひ注視してほしいと思います。

2018年2月17日土曜日

体験活動の効果

 子どもの育ちにとって,各種の体験は大きな意義を持っています。自然や動植物への慈しみの念は,自然体験を通して育まれますし,弱者への思いやりは,そういう人を手助けする活動を通して身につきます。

 勉強にしても,教科書に書いてある抽象的なことを理解するのは,自分が持っている原体験に引き寄せてです。教科書の内容は,社会生活に必要な3Rや,生活上の諸問題を解決するための知恵を体系的にまとめたものです。その原点は,先人が実生活の中で遭遇した体験です。それに通じるものを持っている子とそうでない子では,勉強の呑み込みにも差が出てくるでしょう。

 今回は,体験活動の効果をデータで明らかにしてみようと思います。各種の体験の多寡によって子どもをグループ分けし,道徳行為,自己イメージ,勉強の得意度がどう違うかを分析してみます。

 この手の分析は白書等でもなされていますが,ここでやる分析の特徴は,子どもの家庭環境の要因を統制することです。

 用いるのは,国立青少年教育振興機構の『青少年の体験活動等に関する意識調査』(2014年度)の個票データです。小学生調査の問3で,各種の体験の頻度を問うています。
http://www.niye.go.jp/kenkyu_houkoku/contents/detail/i/107/


 家事,他人の世話,自然体験に関わる17項目です。これらの頻度の回答を合成し,体験活動の多寡を測る単一の尺度を作ります。

 「1」という回答には3点,「2」には2点,「3」には1点のスコアを付与します。この場合,対象児童の体験活動のレベルは,17~51点のスコアで計測されます。全部「1」と答えたバリバリの体験っ子は51点で,全部「3」の子は17点です。

 本調査の小学生調査の対象は4~6年生ですが,発達段階の影響を除くため4年生に絞ります。また,家庭環境の影響を除くため,年収が400万以上600万未満の家庭の児童に限定します。小4児童でみた場合,家庭の年収のボリュームゾーンはこの階層です。

 このように,家庭の経済力を揃えた比較をするのが,ここでの分析のウリです。「体験格差」という言葉があるように,子どもの体験の量は,家庭環境と強く関連していますので。家庭環境の要因を統制しても,体験活動の効果が認められるかどうか…。

 年収400万以上600万未満の家庭の小4児童のうち,上記の17項目全てに回答したのは654人です。この654人の体験活動スコアの分布を図示すると,以下のようになります。


 中ほどが厚いノーマル分布です。この分布をもとに,体験活動のレベルを「低」「中」「高」の3群に分けましょう。20点台を低,30点台を中,40点以上を高とすると,「2:6:2」となり,きれいな配分になるかと思います。

 フツーの家庭の小4児童654人を,このやり方で3つの群に分け,道徳行為,自己イメージ,勉強の得意度がどう違うかを比べてみます。まずは道徳行為です。7項目について,最も強い肯定の回答をした児童の割合を拾ってみました。


 赤字は3群の中で最も高い数値ですが,どれも体験活動「高群」の肯定率がマックスです。席を譲ること,悪いことを止めさせることの肯定率は,低群と高群では大きく違っています。

 京王線車内で,障害者に優先席を譲るのを拒否した若者がいたそうですが,おそらくは他人のケアをした経験がないのでしょう。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180215-00207709-toyo-bus_all

 次に,自己イメージと勉強の得意度です。関連する15項目を取り出し,肯定率を群ごとに計算しました。


 友達も多さ,勉強・体力への自信,自尊心とも,体験活動のレベルとリニアな相関関係にありますね。体力への自信は,低群と高群では5倍以上違っています。家に籠っている子と,外を駆けずり回っている子ですから,当然ですが。体験活動が多い子は,行動範囲が広いためか,学校外の友人も多いようです。

 自尊心とも関連していますね。お手伝いや他人の世話で,集団生活に貢献した経験,崇高なものに触れた経験が基盤になっていることは,想像に難くありません。

 勉強が得意の割合も,低が10.9%,中が13.9%,高が16.5%と,リニアな傾向があります。教科ごとにバラしても同様です(下段)。実生活での体験の多寡は,教科書の抽象的な内容を吸収(定着)させるための接着剤のようなものです。

 以上,体験活動の効果をデータで垣間見てみました。今回のデータは,発達段階(年齢)と家庭環境の要因を統制した比較によります。フツーの家庭の小4児童に限ったデータです。体験活動の効果を,ある程度支持するデータとみてよいでしょう。

 あと一か月ちょっとすれば春休みですが,お子さんには,いろいろな所に出かけ,お子さんに「体験」を積ませたいものです。

 当局もその重要性を認識し,昨年の学校教育法施行令改正により,各自治体が学校の休業日を独自に設定できることになりました。長期休暇の一部を割り振り,土日と接合させることで,学期中にもまとまった休暇(キッズウィーク)を設定できるという寸法です。そのねらいは,親子の体験活動を奨励すること。
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/1396748.htm

 これが機能するには,親も有給休暇をとれるようにしないといけません。自治体が定めた体験活動休業日には,子持ちの従業員の休暇取得を促すなど,企業には配慮が求められます。この取組の集積で,社会全体のワーク・ライフ・バランスが促進されることになればしめたものです。

 「体験が人を育てる」。昔から言われている格言ですが,この言は理屈抜きに正しいのです。

2018年2月14日水曜日

危険な40代

 今日の日経新聞に,「賃上げ,取り残される団塊ジュニア 若い世代優先で」と題する記事が出ています。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO26847110T10C18A2EE8000/

 記事で紹介されている,正社員の賃金変化の年齢グラフがショッキングです。2012年から16年にかけて,多くの年齢層で所定内月収はアップしていますが,40代だけが下がっています。

 今の40代といったら,70年代前半生まれの団塊ジュニアから,私くらいのロスジェネまでの世代ですが,量的に多いので人余りが生じているとのこと。学校卒業時が就職氷河期で,スキルや職歴を積めなかった人の賃金が伸びていないのでは,という見方も提示されています。

 世紀の変わり目のどん底の時期に大学を出た,私なんかの世代には,こういう人が多いでしょうね。
http://tmaita77.blogspot.jp/2018/01/blog-post_22.html

 40代といえば,いろいろな役割がのしかかってくるステージです。子どもが高校や大学に進学する時期で,おカネもかさみます。早い人では,老親の介護も始まるでしょう。にもかかわらず,給料が上がらないのはキツイ。年功賃金を前提に諸制度が組み立てられているわが国では,なおのことです。

 40代にあっては,生活苦と犯罪が強く相関しています。注目されるのは,失業率と強盗率の時系列変化です。

 失業率とは,就労意欲のある労働力人口のうち,職に就けずハロワ等で職探しをしている人(完全失業者)が何%かです。強盗率は,人口10万人あたりにした強盗検挙人員数です。

 計算に使った要素も含めた時系列変化を整理すると,以下のようになります。a~cは『労働力調査』,dは『犯罪統計書』から採取した数値です。『労働力調査』の統計が1968年からになってますので,この年次から最新の2016年までの推移をみています。
http://www.stat.go.jp/data/roudou/index.htm
https://www.npa.go.jp/publications/statistics/sousa/year.html


 黄色マークは観察期間中の最高値,青色は最低値です。失業率・強盗率とも,マックスは2009年です。前年(2008年)のリーマンショックの影響でしょう。

 失業率3%以上,強盗率2.0以上は赤字にしましたが,世紀末から今世紀初頭の10年間がヤバかったことが知られます。私の世代は,就職・結婚・出産といったイベントが,こういう時期と重なってしまったわけです。

 表の数値から,40代の失業率と強盗率がかなり相関していることがうかがわれます。失業率が低い時期は強盗率も低く,その逆も然り。

 恐ろしいですが,グラフにしてみましょう。


 傾向が非常によく似ています。1968~2016年の49年次の数値をもとに,失業率と強盗率の相関係数を出すと,+0.9055にもなります。

 これが因果関係とは限りませんが,失業に象徴される生活苦が,強盗という財産犯に結び付くのは,想像に難くありません。いろいろな重荷を背負う40代にあっては,それがひときわ顕著でしょう。

 失業と強盗の時系列相関は,他の年齢層でも観察されますが,その程度は40代で最も強くなっています。
https://ci.nii.ac.jp/naid/40016941572

 50代では失業と自殺が強く相関していますが,40代では,失業と強盗の関連のほうがクリアーです。子育ての最中ですので死ぬに死ねない,ないしはまだエネルギーがあるので,外向型の犯罪に走ってしまうのでしょうか。

 これまでは,40代といえば,順調に給料が上がり,しっかりとした家族につなぎ留められ,生活態度は安定していました。しかし今は,そうではありません。人余り,氷河期に学校卒業という世代要因により,給料が上がらず(冒頭日経記事),キャリアを積めていない非正規雇用者も多く滞留しています。

 団塊ジュニアの世代ですので量的にも多く,2016年の40代人口は1887万人にもなります(最初の表)。総人口の15%,7人に1人です。

 この人たちが大暴れしたら恐ろしい。今回のデータでみたように,40代といったら,生活苦と凶悪犯罪が最も鋭敏に関連するステージといえます。現在では,このステージの人たちの生活がヤバく,かつ人口量も多いと。言葉が良くないですが,社会にとっての爆弾といってもよいでしょう。

 時代にそぐわなくなった,これまでの社会の悪弊を吹き飛ばすために,この爆弾が使われるなら大いに結構なことですが。

2018年2月7日水曜日

大学院進学志望率の国際比較

 どの段階の学校まで進みたいか。子どもの教育アスピレーションは,教育社会学研究者の関心事です。

 よく取り上げられるのは,大学への進学を希望する子どもが何%かですが,その上の大学院はどうでしょう。各種の調査では,マックスのカテゴリーが「大学・大学院」と一緒くたにされていますが,IEAの国際学力調査「TIMSS 2015」では,両者が分離されています。

 この調査の対象は,各国の小4(grade 4)と中2(grade 8)ですが,後者の生徒に,「どの段階の学校まで進みたいか」を問うています。私は,「Finish postgraduate degree」と答えた生徒の割合を計算してみました。

 下図は,37か国を高い順に並べたランキングです。ドイツとフランスは,調査対象になっていません。下記サイトのリモート集計でやりましたので,粗い整数値になっていることをお許しください。
https://nces.ed.gov/surveys/international/ide/


 中東の諸国では,中2生徒の大学院進学志望率が高くなっています。トップのレバノンでは,7割近くです。

 イスラーム諸国は科学技術教育に力を入れており,潤沢なオイルマネーを(理系の)高等教育につぎ込んでいるといいますが,その表れでしょうか。奨学金制度も充実しているそうです。
https://twitter.com/chutoislam/status/960767235164786688

 アメリカは46%です。学歴主義の国で,大学院卒の学位の効用がはっきりしている社会ですからね。わが国と違い,実践的な職業教育の上でも,大学院は大きな位置を占めています。

 さて日本はというと,中学生の大学院志望率はわずか3%で最下位となっています。大学への進学志望率は高いのですが,大学院となると,率がガクンと下がります。

 この年齢では,大学院とは何たるかを知らないのかもしれません。あるいは,大学院に行ってもベネフィットはない,行き場がなくなるだけ損ということを,早くして心得ているのかもしれません。

 とはいえ,たったの3%とはいかにも寂しい。しかしこれは生徒全体でみた数値で,勉強ができる生徒に限ったら,志望率がもっと高いかもしれない…。こういう希望をもって,理科の学力が高い生徒群の大学院志望率も出してみましょう。理科に注目するのは,大学院では理系専攻の比重が高いからです。

 同じ「TIMMS 2015」において,理科の得点が625点以上の生徒を取り出し,上記と同じ意味での大学院進学志望率を国別に計算しました。横軸に生徒全体,縦軸に理科の高得点群の志望率をとった座標上に,双方が分かる31か国を配置すると,以下のようになります。


 理科の高得点層の志望率が高いので,どの国も,斜線(均等線)より上に位置しています。全生徒との差をとると,アメリカは17ポイント,タイに至っては39ポイントも違います。理系学力が高い生徒は,躊躇なく大学院への進学を希望すると。

 日本はどうかというに,全生徒は3%,理科の高得点層は7%で,大して変わりません。理科ができる生徒に限っても,中学生の大学院進学志望率は低いようです。

 大学院の性格が違うといえばそれまでですが,才能ある若者が長く教育を受けることは歓迎されない,新人は22歳で入社させ一律「雑巾がけ」からやらせる,という日本企業の(しょーもない)慣行が表れているようにも思えます。

 14歳の生徒も,それを感じ取っているのでしょうか。いやそうではない,大学院に関する情報の不足ゆえであって,もっと上の年齢になれば事態は変わる。検証する手はずはないですが,そう願いたいものですね。「教育大国」の名にかけて。

2018年2月5日月曜日

自殺者と変死体

 警察庁統計によると,わが国の年間自殺者数は,98年に3万人を突破し,2003年に3万4427人とピークになった後は減少に転じ,2012年に3万人を割り,2016年では2万1897人にまで減っています。
https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/jisatsu.html

 「景気回復の影響」「自殺対策が功を成した」とか白書に書いてますが,実はこれには,統計上のトリックがあると,その道のプロが明かしています。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/lifex/198569/1

 自殺者の減少と呼応するかのように,変死体の数が増えているのだそうです。上記の記事でもデータが紹介されていますが,2006年と2015年の数値をグラフにすると,以下のようになります。


 変死体と自殺者の合算は,この10年間でほとんど変わっていません。自殺者は減っていますが,それと同じくらい変死体の数が増えていますので。

 しかし,自殺者の減少分と変死体の増加分がほぼ同じ(8000人ほど)というのは,ものすごく示唆的ですね。以前は自殺として処理されていたものが,最近では変死体としてカウントされているだけではないかと。

 最近では,遺書や目撃証言といった具体的な証拠がない限り,自殺とは認めず,変死体として処理するようになったと(上記記事)。統計上の自殺者数というのは,現場のさじ加減で動くものです。統計には表れない「暗数」に思いを巡らせないといけません。

 私は前に,自損行為で搬送された人員数と自殺者数の時系列推移を照合したことがありますが,今世紀以降,乖離が大きくなっていることを知りました。自損行為の搬送人員でみると,男性よりも女性,高齢者より若者で多くなっています。統計に表れた自殺者の傾向とは逆です。
http://tmaita77.blogspot.jp/2016/09/blog-post_8.html

 こういうサブの指標も加味すると,女性や若者の「生きづらさ」も見えてきます。

 私は,社会の危機度を測る指標として自殺者数(率)に注目してきました。最近は,それが下がっているとのことで,いささか安堵していたのですが,上記のような統計上のトリックがあることを知った今,まだまだ予断を許さぬ状況が続いているのだなと感じます。

2018年2月2日金曜日

保育士の待遇と勤続年数の相関

 今年も認可保育所の選考結果の通知が届き,各地で落選の悲鳴が上がっています。

 保育所不足とは,すなわち保育士不足であり,その要因が超薄給であることはもう,誰もが知っています。

 しかし,保育士のお給料には地域差もあります。厚労省の『賃金構造基本統計』(2016年)によると,同年6月の女性保育士の平均月収(諸手当込)は,全国値は22.2万円ですが,都道府県別にみると,最高の28.0万円から最低の17.8万円までの開きがあります。前者は愛知,後者は福島です。

 この月収額の12倍に年間賞与額を足して推定年収を出すと,全国値は324.7万円で,47都道府県の両端は,最高が愛知の417.1万円,最低は岡山の257.8万円になります。同じ女性保育士でも,収入には地域差があるものですね。

 愛知の女性保育士の年収は,全職業の女性労働者(390.2万円)を上回っています。薄給というイメージが定着している保育士の年収が,全体平均を凌駕する地域もあると。

 こういう地域が他にもあるかどうか,興味がわきますね。保育士と並んで需要が増している介護職員の状況も知りたい。私は,上記の厚労省統計をもとに,女性の保育士,福祉施設介助員(介護職員),そして一般労働者全体の推定年収を都道府県別に計算しました。以下が,一覧表です。


 黄色マークは最高値,青色マークは最低値です。上位5位の数値は赤字にしています。

 保育士の推定年収の上位5位は,愛知,京都,神奈川,群馬,大阪です。愛知,京都,群馬の保育士の年収は,女性全体のそれよりも高くなっています。年収の額は低くとも,当該県の女性全体の年収より高い県は,他にもありますね(岩手,沖縄など)。

 介護職員をみると,全職業の年収を上回るのは富山だけです。本県の女性介護職員の推定年収は390.4万円。2位以下を大きく突き放しています。

 各県の保育士と介護職員の待遇をみるには,年収の絶対額よりも,同じ県の女性労働者全体と比してどうかという指数に注目するのがよいでしょう。左端の全職種の年収を1.0とした場合の指数にすると,以下のようになります。


 保育士をみると,この数値が1.0を超える,つまり女性全体を超える県は,岩手,群馬,山梨,愛知,京都,高知,佐賀,熊本,そして沖縄です。介護職員は富山しかありませんが,0.9を超える県,女性全体と同じくらいの県は結構あります。

 保育士・介護職員というと,薄給というイメージがすっかり染みついていますが,地域別にみると幅があるものです。待遇には地域差があると。

 さて興味が持たれるのは,各県の待遇のレベルが,保育士・介護職員の職場定着とどう関連しているかです。これらの職業の離職率が高いのも知られていますが,その要因としては「給料が安い!」というのが大きいでしょう。

 しからば,左欄の年収相対水準と,右欄の平均勤続年数は相関しているように思えますが,現実はどうでしょう。下図は,保育士のデータで描いた相関図です。


 ほう。明瞭なプラスの相関関係ですね。保育士の年収の対全体比が高い県ほど,保育士の平均勤続年数は長い傾向にあります。保育士をつなぎとめるには待遇の改善が重要である,という当たり前のことを示唆するデータです。

 ちなみに介護職員のデータで相関係数を出すと,+0.5409となります。保育士の場合よりも係数は低いですが,1%水準で有意です。

 現に勤務している保育士をつなぎとめるだけでなく,潜在保育士の復帰を促すなど,なり手を増やす上でも,給与のアップは欠かせないでしょう。潜在保育士が復帰をためらう理由の首位は「給料の安さ」という調査データもあります。

 われわれは,いかなる手を打つべきか。今月半ばに公開される,日経DUALの記事で私見を申し上げようと思います。