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2017年10月25日水曜日

労働量ベースの労働生産性

 一国の経済活動のパフォーマンスを測る指標として,労働生産性というものがあります。頻繁に聞く言葉ですが,概念を知っている人はどれほどいるでしょうか。

 労働生産性とは,就業者1人あたりのGDP額のことです。日本は,GDPの額は世界でもトップレベルですが,それを就業者数で割った労働生産性は,さほど高くありません。2014年の数値は7.3万ドルで,統計が分かる34か国中21位です(総務省統計局『世界の統計2017』)。

 しかるに,GDPを就業者数で除すだけというのは,いささか不十分な気がします。生産の費やされた労働量は,就業者数と就業時間の掛け算で決まります。厳密には,後者の要素も考慮する必要があるでしょう。私は,以下の式を適用して,各国の労働生産性を計算し直してみました。

 労働生産性 = 名目GDP額/(就業者数 × 就業時間)

 タイトルのごとく,生産に費やされた労働量ベースでみた労働生産性です。計算に必要な3つの要素は,総務省統計局『世界の統計2017』で知ることができます。

 まずは,主要国の試算結果をご覧いただきましょう。お隣の韓国は就業時間のデータが載っていないので,対象から外しました。


 日本の15歳以上の就業者は6億3770万人,週間の平均就業時間は39.3時間,2015年の名目GDP額は4兆3835億8400ドルなり。就業時間が思ったより少ないのは,女性や高齢者も含めた,全就業者のものだからです。

 上記の式に当てはめると,日本の労働量ベースの労働生産性は,1.75と算出されます(単位は度外視)。お決まりですが,欧米諸国と比して低いですね。

 ノルウェーは4.29で,日本の2.5倍近くです。費やされた労働量あたりの生産性は日本よりもずっと高し。就業者数のみを考慮した場合よりも,差が大きくなっています。それもそのはず,就業時間も違いますからね。

 では,他国はどうでしょう。a~cの3要素を知ることができた38か国について,同じやり方で,労働量ベースの労働生産性を出してみました。下図は,高い順に並べたグラフです。


 日本は,ちょうど真ん中あたりです。38か国の平均値(1.78)には及びません。うーん,就業時間も加味した労働生産性では,お気楽な働き方をするブラジルやスペインにも劣るのですねえ。

 トップは北欧のノルウェー,下位には発展途上国の諸国があります。まあ,納得がいく順位構造です。

 労働生産性が高いノルウェーについては,いろいろ言われています。ネットで検索してみると,フレックスタイム制やリモート労働制が進んでいることを強調する記事がたくさん出てきます。

 それもあるでしょうが,社会の基底的な特性に注目すると,次の3つが進んでいることが大きいと思います。1)女性の社会進出,2)ICT化,3)生涯学習化,です。女性のタレントを活かす,業務を効率ならしめるICT機器を活用する,労働者が絶えず(外部機関で)学び続ける…。いずれも,労働生産性を高めるための必須の条件でしょう。

 上記の3つの度合いを,簡単な指標で数値化し,日本とノルウェーで比べてみましょう。下表をご覧ください。BとCは,国際ランキングをツイッターで発信したところ,多くの方に興味を持っていただけました。
https://twitter.com/tmaita77/status/922404634471284737
https://twitter.com/tmaita77/status/922362605791875073


 働き盛りの女性の労働参加率は,ノルウェーのほうが高し。これは分かり切ったことですが,ICT教育の進み具合(B)は,両国では比較にならぬほど違っています。

 この指標のランキングを見た人が,「日本は未だに人海戦術依存型」とつぶやいておられましたが,少子高齢化が進む中,これがいつまでも持たないことは明らかです。

 Cは生涯学習化の指標ですが,大学等の入学者の平均年齢は,日本は18歳,ノルウェーは23歳。これは初めて入学した人に限ったもので,何回も入り直している人(リカレント学生)も含めたら,ノルウェーの平均年齢はもっと高くなるでしょう。

 変動社会では,人生の初期に学校で学んだ知識や技術などすぐに陳腐化します。絶えず学んで,最新の知識・技術を摂取しないといけません。それは企業内教育だけでは不十分で,どこでも通用する汎用性あるスキルを身に付けるには,職場を離れた外部機関(大学等)で学ぶことも必要になります。

 こうした「Off-JT」は,職業訓練とは別の効用も持っています。職場を離れた別の世界の空気を吸うことで,イノベーションのきっかけが得られる,ということです。わが国では,「閉じた」職場内訓練が支配的ですので,こういう機会が決定的に不足しています。これなども,労働生産性向上の阻害要因になっているのではないでしょうか。

 投入できるインプット(労働力量)は,ますます制限されるようになってきます。移民受け入れについて議論されていますが,インプットをひたすら増やす「人海戦術型」ではなく,労働の質を向上させる。随所で言われていることですが,できることはあるでしょう。上記の3つは,その切り口の一端です。