ページ

2017年9月20日水曜日

高齢者の幸福度・生活満足度

 楠木新さんの『定年後』(中公新書)を読んでいます。話題本になっているようですが,「人生100年の時代」が到来し,べらぼうに長い定年後の生き方を真剣に考える人が多くなっているからでしょう。
http://www.chuko.co.jp/shinsho/2017/04/102431.html

 29~31ページに,「東京と地方の定年後は異なる」という話があります。地方には,定年後も農作業や自治会の役員などいろいろな仕事(役割)があるが,都会ではそうではない。都会では,「組織を離れると社会とつながる機会がとても少ない」と(30ページ)。

 探せばデータはあるでしょうが,高齢者の幸福度や生活満足度は,都会より地方で高いかもしれませんね。しかるに私は,この箇所を読んで別の分析課題を思いつきました。就業・非就業によって,高齢者の幸福度や生活満足度がどう違うかです。

 この課題を検討できるデータとしては,ISSP調査や世界価値観調査がありますが,サンプル数が多い後者を使うことにしましょう。
http://www.worldvaluessurvey.org/WVSOnline.jsp

 私は,日本の60歳以上の高齢男性のサンプルを取り出し,就業者と非就業者に分け,幸福度と生活満足度を比べてみました。幸福度は4段階,生活満足度は10段階で尋ねられています。下の表は,回答の分布です(無回答・無効回答は除く)。

 就業者とは,フルタイム,パート,自営のいずれかの形態で働いている人で,その他を非就業者としました。


 就業者のサンプル数は165人,非就業者は226人です。日本の60歳以上の男性の就業率は,4割ほどとなっています。

 この2群で幸福度を比較すると,就業者のほうが高いようです。「とても幸福」という回答比率は,就業者が42.4%,非就業者が24.3%となっています。

 生活満足度は10段階で自己評定してもらってますが,8以上の高い満足度を示している人の割合は,就業者が53.7%,非就業者が40.7%で,こちらも働いている人のほうが高くなっています。

 わが国の高齢男性のデータですが,いかがでしょう。やっぱり,仕事(役割)があるかどうかは重要なんですね。人間は社会的存在であることからして当然ですが,社会参画の度合いの高い男性にあっては,とりわけ該当するようです。

 ただ女性は違っていて,同じ60歳以上のサンプルでみると,「とても幸福だ」の回答比率は就業者が36.6%,非就業者が37.0%でほぼ同じ。8以上の生活満足度を答えた人の割合も,50.0%と52.5%で大差なしです。

 女性は,仕事の他にも役割を見いだせるからでしょうね(趣味や地域活動など)。しかし,仕事一辺倒できた男性はさにあらず。会社を定年になったら,直ちに居場所や役割を喪失してしまいます。

 男性は,どの国でも同じだろうと思われるでしょうが,そうではないようです。高齢男性の幸福度や生活満足度が,就業者と非就業者でここまで違うのは,主要国で見る限り,日本だけです。

 サンプル数の多いアメリカを引き合いにして,就業者と非就業者の距離を「見える化」してみましょう。横軸に「とても幸福だ」と答えた人の比率,縦軸にレベル8以上の生活満足度を答えた人の割合をとった座標上に,日米の就業者と非就業者のドットを置き,線で結んでみました。青色は男性,オレンジ色は女性です。


 色付きは就業者,色なしは非就業者のドットです。ご覧のように,日本の高齢男性は,両者の距離が大きくなっています。幸福度や生活満足度が,仕事の有無に規定される度合いが高い,ということです。

 前に書いたように,現役時に仕事一辺倒の人が多いので,仕事以外に社会との接点(役割)を見いだせないのでしょう。現役時から,多様な顔を持っておきたいものです。

 少子高齢化に伴い,人手不足が深刻化することから,高齢者も「支えられる」から「支える」存在への変身が求められるようになります。四角いオフィスではなく,自分が住んでいる地域社会においてです。

 自治会の役員はむろん,最近は学校も教員不足が進んでおり,長年培った高度な知識やスキルを拝借したいという依頼も舞い込んでくるかもしれません。

 ただ高齢男性が地域活動に参画する場合,よく聞かれるのが「態度がデカイ」ということです。千葉県は,退職した元校長の人材を活用し,新人教員の指導に当たらせているそうすが,私がこの取組をツイッターで拡散したところ,「コチコチ頭の老人が,自分たちの古いやり方を押し付けることにならないといいけど」という懸念が多く寄せられました。

 「下は上の言うことを聞くもの」という,年齢規範の強い日本ならではの病理と思えますが,こういうことも,高齢男性の役割の幅を広げるのを阻んでいます。

 これから先,高齢者の就業率も自ずと上がっていきますので,今回のデータを取り立てて問題視する必要はないかもしれませんが,社会との接点(役割)が仕事だけというのは寂しい。日本の男性において,それが最も顕著であることが示唆されます。

 最後になりますが,高齢者の自殺率が高いのは,病苦や年金等の不足による生活苦のためではありません。社会から切り離された「孤独」によるものです。デュルケムのいう「自己本位的自殺」に通じるもの。『自殺論』に書いてある通り,「人は集団に属さずして,自分自身を目的にしては生きられない」のです。