2017年5月27日土曜日

年少児童の生活格差

 学齢期では子どもはみんな学校に通いますが,その前の乳幼児期はそうではありません。幼稚園に通う子,保育所に通う子,そのいずれでもなく家庭で保育される子もいます。

 身体も発育はもちろん,自我も未熟で自分で行動範囲を広げることもままならないので,生活の大半を家庭で過ごすことになり,それだけに,生活の有様は親の意向や考え方の影響をもろに受けることになります。家庭環境による生活習慣の格差も,学齢期以降の段階に比してひときわ大きいことでしょう。

 兵庫県の学校歯科検診で,虫歯が10本以上あるなど「口腔崩壊」状態にある児童生徒が346人もいた,という記事が話題になっています。貧困や家庭環境とリンクしている可能性もあるとのこと。
http://www.sankeibiz.jp/econome/news/170525/ecb1705251541001-n1.htm

 貧困と虫歯の関連は,東京都内23区の地域統計を使って明らかにしたことがありますが,年少の児童ほど,両者の結びつきは強くなっています。地域の平均世帯年収との相関係数は,学校に上がって間もない1年生の虫歯率がマックスです。就学前の生活格差の影響が残存しているためでしょう。

 就学前の乳幼児期の生活格差を明らかにしたい。こういう問題に接近する場合,学校に上がって間もない小学校1年生の調査データに着目するのも一つの手です。

 東京都は毎年6月に,独自の体力・運動能力・生活習慣調査を実施しており,結果は地域別・学年別に公表されています。最新の2016年度調査のデータにて,小学校1年生の生活習慣の地域差をみてみましょう。入学して2か月しか経っていない時点の調査データですので,就学前の生活習慣の地域格差がかなり反映されていると思われます。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/pickup/28sporttest.htm

 テレビなしいは携帯(スマホ)等を1日2時間以上視聴する児童の割合を都内23区別に整理すると,下表のようになります。男子と女子で分けて%値が出ていますので,男子の数値を採取しました。


 学校に入って間もない小学校1年生男子のデータですが,区によってずいぶん違いますね。黄色マークは最高値,青色マークは最低値ですが,テレビの長時間視聴率は14.0%~35.9%,携帯等のそれは3.2~8.7%のレインヂがあります。

 乳幼児期にこういうメディアに頻繁に触れさせることには賛否両論がありますが,諸外国では,6歳以下の時期にスマホを使い始めたという子どもが,日本に比して格段に多くなっています。また,早い時期にコンピュータを使い始めた子どもほど学力が高い,というデータもあり。
http://dual.nikkei.co.jp/article.aspx?id=9179

 使い方を誤りさえしなければ,幼子の知育を促進するツールにもなるでしょうが,そうでない場合は困る。惰性にかまけて,四六時中スマホを握らせっ放しというのはよろしくありません。

 ちなみに上表の長時間メディア視聴率の地域差は,偶然の差ではなく,傾向性のようなものを持っています。それを見て取るのは,地図にするのが一番。テレビの長時間視聴率を地図に落とすと,以下のようになります。


 色が濃い区が固まっています。北部から北東部です。対して,中心エリアは色が薄くなっています。明らかに地域性があることがうかがえます。

 土地勘のある人はピンとくるでしょう。住民の階層構成との関連です。先ほどの表には,その指標として各区の平均世帯年収と住民の高学歴人口率も載せました。前者は2013年の『住宅土地統計』,後者は2010年の『国勢調査』から計算したものです。

 小学校1年生男子の長時間テレビ視聴率を,住民の大卒・大学院卒人口率と関連付けてみると,下図のようになります。


 2つの指標の間には,非常に強い負の相関関係が見受けられます。相関係数は-0.9214にもなります。スゴイですねえ。

 右下の区では,塾通いをしている幼児が多いことも考えられますが,分別を持っている親御さんが多いのかもしれません。平均世帯年収との相関係数は-0.873であり,年収よりも学歴要因と強く相関しています。

 携帯等の長時間視聴率も同じで,年収との相関係数は-0.699,高学歴率とは-0.846で,こちらも経済要因より学歴(文化)要因との相関が強くなっています。親の意識や考え方の影響が大きい,ということでしょう。

 これは就学し始めて間もない小学校1年生のデータで,学年を上がるにつれ,こうした地域の社会経済要因との関連は薄くなってきます。学校で保健指導などを受けることで,当人だけでなく保護者の意識の啓発もなされるでしょう。

 ですが,幼少期の生活格差の影響をとどめている1年生の断面でみると,こうも明瞭な「生活格差」が出てくることに驚きます。学校に通い始めると幾分か縮まるとはいえ,これは惨い。「三つ子の魂百まで」という格言はあまり信じませんが,人格の礎が築かれる幼少期の生活の歪みは,長く尾を引く可能性もある。

 冒頭で述べたように,乳幼児の生活の様は,学齢期にもまして,家庭環境の影響を強く被ります。健診や保護者に対する保健指導などを,もっと密に行うことも求められるでしょう。野放しにするのはよくありません。