2016年7月2日土曜日

成人のリカレント教育希望の実現率

 6月14日の電子ジャーナル『αシノドス』誌に,「成人にも開かれた教育機会を-求められるリカレント教育とは」という小論を寄稿しました。
http://ch.nicovideo.jp/synodos/blomaga/ar1049772

 日本は教育大国といわれますが,それは子ども期に限った話で,成人についてはそうではない。成人の通学率は,国際的にみて著しく低い。生涯学習社会のなか,成人にももっと教育の機会が開かれないといけない。こんな主張です。社会の変化が非常に速く,子ども期に学校で学んだ知識や技術など,すぐに陳腐化してしまうのですから。

 そのための重要な戦略として位置づくのは,副題にある「リカレント教育」です。リカレント(recurrent)とは「還流」という意味です。教育期と仕事期(引退期)の間を還流する,往来する。つまり,学校を終えて社会に出た後,もう再びそこに戻って学び直す,ということです。

 北欧では,リカレント教育のシステムがしっかりしており,大学生の4分の1は社会人であると聞きます。企業は教育有給休暇制度を設け,大学の側も,一定期間の職業経験を入学資格とするなど,社会人が入りやすい条件を整えているからです。

 しかし,東洋の日本はさにあらず。社会に出た成人が学校に戻って学び直すのは,なかなか難しい。職業訓練が企業内で閉じているため,使用者は,従業員に外部の機関で教育(訓練)を受けさせようとしません。教育有給休暇なんてもっての他,仕事を終えて夜間に学校に行くといっても,雇い主は嫌な顔をします。

 これは現実ですが,人々が抱いている希望はどうなのでしょう。現実がこうだからといって,リカレント教育の普及を怠っていい理由にはなりますまい。日本の成人の通学率は低いのですが,学校で学び直したいという意欲はどうなのか。表面化していない部分を可視化してみましょう。

 内閣府が2015年12月に実施した『教育・生涯学習に関する世論調査』では,「どういう形式の生涯学習をしたいか」と尋ねています。複数の選択肢を提示し選んでもらう形式ですが,そのうちの一つに「学校の正規課程で学ぶ」があります。学校に籍をおいて学ぶ,通学する,ということです。
http://survey.gov-online.go.jp/h27/h27-kyouiku/

 これを選んだ者の比率をみると,30代の男性では6.7%となっています。40代は13.6%,50代は9.1%,60代は3.4%,70以上は2.1%です。女性は順に,8.6%,10.7%,5.6%,1.6%,1.0%となっています。

 結構いるじゃないですか。40代男性では,およそ6人に1人。バリバリの働き盛りですが,今勤めている会社以外でも通用する,汎用性のある知識やスキルへの希求かもしれません。あるいは,そういう機能的な理由ではなく,職務から離れた人文科学などを学びたい,という欲求もあろうかと思います。一流の人の学びは,職務から隔たっていることがしばしばです。

 これらの比率を使って,学校で学び直したいという,30歳以上の成人の実数を推し量ってみましょう。伝統的就学年齢を過ぎた成人層のうち,通学を希望する者は何人いるか?

 やり方は簡単で,各層の通学希望率を,それぞれのベース人口に乗じるだけです。先日公表された,2015年の『国勢調査』の速報結果によると,30代の男性人口は781万7400人(10月時点)。この層の通学希望率は6.7%ですから,30代男性の通学希望者数は,52万3766人と見積もられます。

 同様にして,各層の通学希望者数を割り出し合算することで,目的の数値は出てきます。下表は,計算の結果です。


 算出された,30歳以上の成人の通学希望者数は532万ほどです。2015年5月時点の大学生数(院生含む)は286万人ですが,それよりもだいぶ多いですね。この潜在的通学希望者を取り込めたら,大学の経営難がどれほど改善されることか・・・。

 上記は成人の学びの希望量ですが,これを現実量と照らし合わせてみましょう。現実量とは,実際に学校に通っている成人の数です。これは,『国勢調査』から知ることができます。労働力統計の「通学の傍らで仕事」ないしは「通学」のカテゴリーに該当する者です。

 下表は,上記の通学希望者数と,現実の学生数を照合したものです。後者を前者で除した,希望実現率も出しています(右端)。


 最下段をみると,30歳以上の成人の通学希望者数は532万人ですが,実際にそれを叶えているのはたった11万人。希望実現率は2.1%,50人に1人でしかありません。学びたいのに,学べない。外的条件によって,成人の教育を受ける権利が阻害されていることの,数値的な表現でしかありません。

 層別にみると,働き盛りの男性は低いですねえ。最初の表でみたように,高い通学希望率を持っているにも関わらず,仕事が忙しいなどの条件で,それができない。欲求と現実のギャップに苛まれていることと思います。

 高齢期になると,退職した時間的に余裕ができるためか,数値はちょっと上がりますが,それでもすこぶる低い。

 日本のリカレント教育の貧相な現実は,「需要がないから」などという理由で,放置してよい性質ものではないことが分かります。需要はあります。それが満たされていない度合いは,子どもよりも,成人層において高いといえます。

 5月29日の記事でみたように,近未来の日本は,逆ピラミッド型の人口構造になります。大学は,やせ細る子ども人口を必死に奪い合っていますが,持てる資源を成人層に仕向けないとなりません。青年の教育機関から,地域の生涯学習のセンターへ。市川昭午教授の『未来形の大学』で,こういう変化の必要が説かれていましたが,今となっては,待ったなしです。

 企業は教育有給休暇制度を設け,国は,そういう取組をしている企業に報奨金を出すなど,人為的なテコ入れも求められるでしょう。

 人々の人生を直線型(教育期→仕事期→引退期)から,リカレント型(教育期⇔仕事期・引退期)に変えることは,「生きやすい」社会にすることと同義です。後からやり直しができる社会では,18歳の時点において,万人が無目的に大学に押し寄せることはないでしょう。家庭の経済的理由で進学できなかった者には,後からそのチャンスが得られ,公正の機能も担保されます。

 企業で働く労働者にしても,「外」に出る機会を持つことは重要です。それがないと,今いる会社でしか通用しない,そこを切られたらおしまいの人間になってしまいます。先行きが不透明な時代にあって,そのリスクは果てしなく大きい。わが国でも,汎用性のあるスキルを武器に,労働者が複数の組織を渡り歩く時代もくることと思います。

 話がそれましたが,成人の教育機会が開かれていない現状は,「需要がないから」などという口実で,放置しておいてよいものではない。今回の統計から言いたいのは,このことです。