2015年3月29日日曜日

教員の月給の相対水準(2013年)

 2013年の文科省「学校教員統計」の確報結果が公表されました。3年間隔の統計調査ですが,結果が出るたびにやりたい作業があります。教員の月給の分析は,その一つです。
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/kyouin/1268573.htm

 この資料には,調査年9月の本務教員の平均月給額が掲載されています。諸手当は含まない本俸の額です。2013年9月の男性教員の平均月給は,公立小学校が32.13万円,中学校教員が35.10万円,高校教員が36.62万円なり。高校がちょっと高いですね。

 これは民間と比べてどうなのでしょう。過去からの変化も気になります。この関心に応えるデータをつくってみました。下の表をみてください。


 1989年以降の推移です。先生の月給は,今世紀の初頭まで上がり,それから先は減ってきています。小学校の男性教員の月給は,2001年では40.4万円でしたが,2013年では35.1万円と,5万円以上減じています。中高は4万円の減。財政がひっ迫する中,締め付けが強まっているのでしょうか。

 これは絶対水準ですが,民間と比した相対水準はどうでしょう。厚労省統計に載っている大卒男性労働者の平均月給と比べてみました。表の下段の数値は,これを1.0とした場合の教員月給の指数です。

 ほう,ほとんどの数値が1.0を下回っています。つまり,教員の月給は民間より低い,ということです。近年になるほどそれは顕著で,小・中教員の月給は,民間の9割を下回っています。前者の減少幅が後者を上回っているためです。

 まあ公務員の場合,ボーナス等の諸手当が充実していますから,これを含めた年収額だと,結果は異なるかもしれません。また,年齢構成の影響もあるでしょう。しかるに,これらの要素を統制した比較はできませんので,ここではラフな平均月給(本俸)を比べています。

 以上は全国データの比較ですが,言わずもがな,様相は地域によって違うと思われます。私は鹿児島の出身ですが,民間の給料が低い当地にあっては,公務員の優位性が高いんですよね。一方,東京のような大都市では,その反対であるような気がします。

 私は,上表の下段の相対指数を都道府県別に計算してみました。各県の大卒男性労働者の平均月給を1.0とした場合,公立学校の男性教員の月給がどういう値になるかです。

 といっても,厚労省統計では,地域と学歴のクロスデータがありませんので,大卒労働者の月給を県別に知ることはできません。そこで全国データでの倍率を適用して,各県の大卒男性労働者の平均月給を推し量りました。2013年の全国統計でみると,大卒男性労働者の平均月給は39.64万円,全男性労働者のそれは32.96万円です。前者は後者の1.203倍。この値を,各県の全男性労働者の平均月給に乗じた次第です。

 では下表にて,結果をご覧いただきましょう。


 予想通り,対民間の相対水準は,県によってかなり違っています。表の上方と下方には1.0以上の値が多く,中ほどにはそれを下回る値が多いですね。地方の周辺県では,教員の月給が民間を凌駕しているが,都市県ではその逆ということです。

 0.8を下回る指数が青字にしていますが,東京は低いですねえ。小学校は0.69,中学校は0.73,高校は0.76です。小学校に至っては,民間の7割未満ということになります。東京では教員採用試験の倍率が低下しているといいますが,こういう面の要因が効いていたりして…。大阪も然り。

 その一方,東北の青森や岩手では,教員が優位です。この両県の小学校教員の月給は,民間の1.2倍超。地方では,民間の給料水準が低いためでしょう。諸手当込みの年収額では,差はもっと大きくなるとみられます。

 先ほど,採用試験の競争率の話が出ましたが,教員月給の対民間比は,それと相関しているのも事実です。上表の小学校の相対指数を横軸,2016年度の公立小学校教員採用試験の競争率を縦軸にとった座標上に,47都道府県をプロットすると下図のようになります。


 各県の採用試験の競争率は,空きポストの数という人口的要因で決まりますが,こういう現実もある,ということです。人間は,エコノミック・アニマルでもあります。

 話がそれましたが,人数的に多い公立小学校教員の月給の相対水準をマップにしておきましょう。4つの階級を設けて,各県を塗り分けてみました。


 白色は1.0未満,つまり教員の月給が民間より低い県です。首都圏のような都市部は,見事に真っ白になっています。色が濃いのは教員の優位性が高い県で,1.2倍を超えるのは,青森,岩手,宮崎の3県です。

 教員は近代社会の始まりとともに生まれた職業ですが,戦前の教員の給料といったら,もうメチャ安で,生存が脅かされるまでの絶対貧困の状態に置かれた教員も少なくありませんでした。戦後初期の頃も状況は悲惨で,本業だけでは食べていけないので,教え子や同僚に見つからないかとビクビクしながら,靴磨きのバイトに勤しむ教員もいたそうです。
http://tmaita77.blogspot.jp/2012/04/blog-post_14.html
http://tmaita77.blogspot.jp/2012/03/blog-post_28.html

 その後の高度経済成長期でも,民間と比した不利は変わらず,「教員にでもなるか,教員にしかなれない」という者を揶揄した,「デモシカ教師」という言葉が広まっていたのはよく知られています。

 今ではそういうことはありませんが,教員給与が時代によってこうも激しく浮沈するということは,教員という職業の性格の曖昧さを物語っているともいえるでしょう。「教員は専門職か」という問題にも,まだ決着はついていません。単純作業に勤しむ労働者ではないが,医師や弁護士のような,高度な自律性を持つ高度専門職というのは憚られる。そこで,「準専門職(semi profession)」という苦肉の言い回しが採られているほどです。

 しかし2012年の中教審答申では,「教員を高度専門職」と位置づけることが明言され,大学院修士課程修了の学歴を求める方針も打ち出されました。その具体的な中身はどうであれ,教員の専門職化の具現度は,ここでみた月給の相対水準で測ることもできます。換言すると,時代が教員とう職業をどう見ているかをうかがい知れる,フィルターともいえます。

 統計が公表されるたびに,教員給与のデータを観察するのは,こういう関心からです。