2013年9月9日月曜日

明治中期の不就学

 今でこそ,学齢の子どものほぼ全員が義務教育学校(小・中学校)に通っていますが,昔は違いました。1890(明治23)年の断面でみると,学齢(6~14歳)の子どものうち,当時義務とされていた小学校に籍を置いていない不就学者の数は,以下のようです。『大日本帝国文部省年報』(明治23年)の数値をもとに作成しました。


 就学義務の対象の学齢人員は720万人。このうち,一度も小学校に通ったことがない未就学者は315万人,卒業を待たずして中退したという者は52万人。よって,ベース人員に占める不就学率は51.1%となります。明治中期の頃では,半分の子どもが学校に行っていなかったようです。

 農業社会で,かつ機械化が進んでいなかった当時にあっては,小さな子どもといえど貴重な労働力でした。おまけに,小学校でもバッチリ授業料が徴収されていました。働き手を取られた上にカネまで取られるのですから,多くの親が,子を学校にやるのを嫌ったことでしょう。もっと時代を上がった明治初期では,各地で民衆による「学校焼き討ち」が起きていたそうな。
 
 また,不就学率のジェンダー差が大きいことも注目されます。男子は3割ちょっとですが,女子は7割近くです。「女に学校は必要ない」「学校にやるなら男子優先」・・・。こんなジェンダー観念がまざまざと表れています。

 ここまでは教育史の標準テキストに書かれていることですが,上表の不就学率を地域別にみたらどうでしょう。当時は,社会経済特性の地域差が今とは比べものにならぬほど大きかったと思います。人々の意識や価値観についても然り,情報通信技術が全くの未発達でしたから。

 私は,上記の官庁統計にあたって,当時の学齢人員の不就学者率を都道府県別に計算してみました。下表は,男女別の県別数値の一覧です。黄色のマークは最高値,青色は最低値なり。未就学と中退を合わせた不就学率については,上位5位の数値を赤色にし,女子が男子の何倍かという倍率も出してみました。


  未就学と中退を合算した不就学率に注意すると,甚だ大きな地域差がみられます。男子の不就学率のレインヂは19.1~77.5%,女子は38.4~94.5%です。南端の沖縄では,学齢女子のたったの5.5%しか小学校に通っていなかったことになります。私の郷里の鹿児島も,女子の不就学率が9割超。これは知らなかった。

  一方,男女とも最低は石川です。この県では,明治中期の頃にして,男子の8割,女子の6割ほどが学校に通っていたようです。石川は教育県といわれますが,歴史的な淵源も垣間見られますね。

 不就学率の水準や地域差がすさまじい女子について,県別の数値を地図化しておきましょう。不就学という不幸の分布地図です。


  北東北や南九州が濃い色で染まっていますね。これらの県では,学齢女子の親の8割以上が就学義務を履行していなかったことになります。へえ。『学制百年史』とかに載っている全国統計からは分からないことだなあ。
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1317552.htm

 上図の模様は,住民の経済的豊かさ水準や都市化度と強く相関していると思いますが,それだけではありますまい。不就学率が相対的に低い白色の県をみると,山口,高知のような地方県も混ざっています。いずれも,近代日本の建設に大きく寄与した偉人を輩出した県なり。社会経済特性から独立した,文化的な要因もあるでしょう。

 最後に,上記一覧表の右端に掲げた,不就学率のジェンダー倍率も視覚化しておきます。女子が男子の何倍かですが,最高は宮城で3.2倍です。最低は東京の1.2倍。ほう。首都では,学齢児童の不就学率のジェンダー差が小さかったのですね。

 残りの45県はこの両端の間のどこかに位置しますが,2次元のマトリクス上にて,その布置構造を表現してみましょう。横軸に男子,縦軸に女子の不就学率をとった座標上に,47都道府県をプロットしてみました。各県のジェンダー差の水準が分かるよう,1.5倍,2.0倍,2.5倍のラインを引いています。

 この図から,男女の不就学率の水準とジェンダー倍率の双方をみてとることができます。


  明治中期の頃,女子の不就学率が男子の2.5倍を越えていた県は6県。山形や宮崎は,女子の不就学率が高く,かつジェンダー差も大きかったようです。一方,東京や大阪といった都市部では性差は比較的小さかった。

 現在は過去に規定される側面がありますが,21世紀現在の大学進学率のジェンダー倍率とかと相関していたりして・・・。

 空間軸でのトリップ(国際比較)も面白いですが,時代軸でのそれも面白いものです。ヒマをみては国会図書館に出向いて,昔のメジャーな教育雑誌をくくったり,『大日本帝国文部省年報』をパラパラめくったりしています。

 半ば道楽の発掘作業ですが,その成果も,この場で随時開陳してゆきたいと思います。歴史のプロパーの方にすれば常識に属することかもしれませんが,自分にとって「おお」というものは記録しておきたいのです。

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