2013年7月29日月曜日

生活保護開始世帯の解剖図

 今野晴貴さんの新刊『生活保護-知られざる恐怖の現場-』(ちくま新書)を読み終えました。国民の生存権を保障する,最後のセーフティネットである生活保護の機能不全。その実態をまざまざと教えられました。
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480067289/

 今野さんは,①保護開始前(受給段階),②保護受給中,および③保護からの締め出し,という3つの局面に分けて論を展開していますが,強い憤りを感じたのは,①の段階における,いわゆる「水際作戦」です。

 保護申請書を渡さない,受け取らない,ひどいケースでは職員が対応にすら出てこない・・・。福祉事務所を訪れる人の中には,所持金が数百円,ゼロ円という,切羽詰まった人もいます。これはもう,国家による間接的な殺人行為でしかありません。

 生活保護の件数というのは,社会病理の指標とみなされがちですが,この本を読むと,それは逆ではないか,という思いもします。25頁の国際統計をみると,わが国は,生活保護受給率,捕捉率とも,ヨーロッパ諸国に比して各段に低いのですが,これは褒められたことではなく,「貧乏人は死ね」という社会になっているのではないか,という危惧すら持たれます。

 しかるに,こういう事情はあるにせよ,生活保護の件数というのは,社会における貧困の広がりの程度を表す指標として読むことができるでしょう。厚労省の『福祉行政報告例』によると,生活保護開始世帯は,1997年度間では11,305世帯でしたが,2011年度間では20,521世帯となっています。1.8倍の増加。この期間中の社会状況を思えば,さもありなんです。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/list/38-1.html

 なお,保護開始世帯の内訳を解剖してみると,もっとまざまざしい側面がみえてきます。下の表は,世帯主の年齢層別,ならびに保護開始の理由別に数を整理したものです。


 生の実数の統計表ですが,よほどカンのいい人でない限り,これからは傾向が読み取れません。このデータをグラフにするとしたら,どうされますか。オーソドックスなやり方は,両年について,年齢層別の理由内訳の帯グラフをつくることでしょう。エクセルでちょちょいのちょいです。

 ですが,この図だと,各成分の絶対量をみてとることができません。分かるのは,各年齢層の中での理由構成比重だけ。欲張りな私としては,生活保護を受ける世帯の年齢構成も同時に知りたくなります。上表でいうと,ヨコの内訳です。

 そこで私は,各年齢・各理由カテゴリーの量を四角形の面積で表現する,面積図をつくってみました。ブツをみていただきましょう。丸囲いの数字は,上表の4つの年齢層をさします。


 2011年度の図形は,全体的にタテ長になっていますが,これは,1997年度に比して保護開始世帯数が1.8倍に増えたことと対応します。

 年齢層の内訳は,ヨコの幅で表現されていますが,1997年度では,半分近くが40~50代の世帯(②)だったのですね。しかし最近では,高齢層のシェアが高まっています。また,わずかながら若年層の比重が増していることにも注意しましょう。

 しかし,上図でもっとも注視すべきは,理由構成の変化です。失業,収入減少,および貯金減少といった貧困要因の比重が,絶対量・相対量ともに増しています。以前は,生活保護開始の理由の多くが「傷病」によるものでしたが,現在では,上記の3理由の幅が殊に広くなっています。現代ニッポンにおける貧困の広がりが可視化されていますね。

 このことに国が業を煮やしたのか,6月に可決された生活保護法改正法案では,親族の扶養義務の強化が盛り込まれています。扶養義務照会に対し「できない」と答えた場合,収入状況の証明も添えて,その理由を詳しく説明しなければならなくなるそうです。

 そうなった時,上図の模様は,再び1997年度のようなものに立ち返るかもしれません。生活保護は,ケガで働けないというような,よほどの理由でない限り受けさせない。生活苦は理由にならない。もっと働くか,親戚に面倒をみてもらえ,というわけです。

 それはそれで,大きな問題を含んでいるといえましょう。「子に迷惑をかけるくらいなら死んだほうがマシ」というような,高齢者の自殺が増えることも懸念されます。親族関係の悪化に苛まれる人間も確実に増えることでしょう。

 結局のところ,上図の3色(紫,水色,青)の減少分よりも,はるかに大きなコストが発生するのではないでしょうか。

 生活保護の削減は,当面の財政健全化につながることはあっても,長い目でみれば,貧困の蔓延,労働市場の崩壊(中間的就労に象徴される超低賃金労働増加),逸脱行動増加,刑務所の福祉施設化,というような副産物を確実にもたらすことでしょう。今野さんもいわれていますが,私も,まったくもってその通りであると思います。

 今から10年後,上図と同じ図を描いてみたとき,3色(紫,水色,青)の比重が減少しているならば,それは恐ろしいことであるといえます。犯罪増,自殺増のような統計的事実が間違いなく伴っていることでしょう。