2012年11月11日日曜日

生徒の理系志向と理科の授業スタイルの関連

 前々回と前回の記事において,日本の15歳女子生徒の理系志向は世界的にみて最下位であること,また理系志向の男女差が大きいことを知りました。

 あまり誇れたことではないですが,なぜこういう事態になっているのでしょう。国際学力調査の結果でみる限り,わが国では,理系教科の学力に有意な性差はないとのことです(藤原千賀『男女共同参画社会と市民』武蔵野大学出版会,2012年,25~26頁)。

 大きいのは,女子の理系志向を頭ごなしに抑えつける(否定する)ジェンダー規範でしょう。「女子なのに理系なんて・・・」。わが国は,男(女)はかくあるべしというジェンダー規範が強い社会であるといわれます。私が高校の頃も,理系の学部に進学するのを親に反対されているという女子がいたっけなあ。

 しかるに,それだけではありますまい。数学が何たるものか,理科が何たるものかを生徒が学ぶのは,学校での日々を授業を通してです。そうである以上,理系教科の授業スタイルがどういうものかも看過できない要因です。

 私自身,高校の頃受けた理科の授業に,あまりいい印象は持っていません。教科書の内容は2年までの間に終わらせて,3年時の授業は大学受験のための補習に充てるような高校でしたので,スーパー「詰め込み」授業でした。まあ当時は,理科なんてこんなもんだろうと,諦めていたのですが。

 しかし,大学に入ってから受けた「理科教育法」の授業で,認識が変わりました。担当の教授曰く。「物理学というのは,空がなぜ青いのかを教えてくれる学問である。それなのに,日本の理科の授業では,数式や公式をがむしゃらに教え込んでいる。これでは,この学問が嫌われても仕方がない」。全くその通りだと思いました。

 「なぜ**なんだろう」という,初発の問題意識を生徒の内に喚起させることをしない(それを生徒が持っていても度外視する)。実験や討議のような,知識に至るまでの科学的な道程を経ることもしない。ただ,既製の知識を湯水のごとく注ぎ込むだけ。これでは,理科嫌いの生徒が多くなろうというものです。

 私は先日,「高校理科の授業スタイルの国際比較」という文章を,シノドスジャーナルに寄稿しました。PISA2006の生徒質問紙調査のデータを使って,各国の理科の授業が,どれほど実験や討議等を重視する「開発主義」的なものかを計測したものです。開発主義とは,課題探求力のような,生徒の諸能力の開発に重きを置く教授スタイルをいいます。
http://synodos.livedoor.biz/archives/1990703.html

 そこで分かったのは,日本の理科の授業の開発主義度が,57か国の中で最低であることです。逆にいうと,「知識注入主義」的な授業がはびこっているのではないか,という問題が提起されます。

 となると,わが国の生徒の理系志向が少ないのは,こうした授業スタイルに由来する面があるのかもしれません。今回は,この点を吟味することにいたしましょう。

 最初に,各国の理科の授業がどれほど開発主義的なものかを数量化してみます。PISA2006の生徒質問紙調査のQ34では,対象の15歳生徒(高校1年生)に対し,「理科の授業で,次のようなことがどれくらいあるか」と尋ねています。


 生徒のアイディアを尊重する,実験や討議を行うなど,いずれも開発主義型の授業に関連する項目です。この17項目への反応を合成して,各国の理科の授業の開発主義度を測る尺度をつくります。

 「1」という回答には4点,「2」には3点,「3」には2点,「4」には1点のスコアを付与します。これによると,各生徒が受けている理科の授業の開発主義度は,17点から68点までのスコアで測られます。全部1に丸をつける,バリバリの開発主義授業を受けている生徒は68点です(4点×17=68点)。その対極の最低点は17点となります(1点×17=17点)。

 私は,上記調査のローデータ(未加工データ)にあたって,調査対象の57か国,33万8,590人の生徒について,このスコアを計算しました。17項目のすべてに漏れなく有効回答を寄せた生徒たちです。ローデータは,下記サイトからDLできます。
http://pisa2006.acer.edu.au/downloads.php

 下図は,日本,アメリカ,そして57か国全体について,スコアの分布を図示したものです。日本の場合,5,587人の生徒のスコア分布が描かれています。


 ほう。山型,右寄り型,そして左寄り型の曲線ができあがっています。日本は低得点層が多く,アメリカは高得点層が多くなっています。57か国全体の場合,各国の傾向が均されるため,中層部に山があるノーマルカーブになっています。

 上図の分布から平均点を出すと,日本は29.1点,アメリカは43.5点となります。両国では,理科の授業の開発主義度が大きく違います。アメリカでは,わが国比して,実験や討議を重視する開発主義型の理科の授業が行われていることが知られます。

 私は,57か国について,上記スコアの平均値を出しました。最高はカザカフスタンの48.7点,最低は日本の29.1点なり。

 わが国の値が最低なのはさておいて,理科の授業の開発主義度スコアが,前々回の記事で出した,女性生徒の理系志向スコアとどう相関しているかをみてみましょう。後者は,上記PISA調査のQ29への回答結果をもとに明らかにした数値です。


 結果は,強い正の相関です。実験や討議に重きを置く,開発主義的な理科の授業を行っている国ほど,女子生徒の理系志向が高い傾向です。相関係数は+0.797であり,1%水準で有意です。

 生徒の初発の問題意識を尊重し(問題意識を植えつけ),そこから出た仮説を実験や討議で検証し,知識へと至る・・・。こういう科学の醍醐味を生徒が頻繁に味わっている国ほど,生徒の理系志向が高くなるというのは,ある意味,道理です。上図は,それを実証するデータの一つです。

 ちなみに,前回の記事で出した男子生徒の理系志向スコアとは,+0.742という相関です。微差ですが,男子よりも女子のほうが,授業スタイルの有様に影響を受ける度合いが高いことが示唆されます。

 こうみると,わが国の女子生徒の理系志向が低いのは,ジェンダー規範だけではなく,教育実践の有様とも関連していそうです。女子において相関係数値が高いことからして,後者の影響は前者をしのぐのではないかと思われます。

 授業スタイルの変革によって,生徒(とくに女子)の理系志向を高めることが可能であるというように,前向きに受け止めてもよいのではないでしょうか。むろん,ある社会において,理科の授業が開発主義的であることと,生徒の理系志向が高いことは,根を同じくする現象である可能性も否定できませんが・・・。

 その気になれば,個人単位のデータを使って,両変数の関連を検討することもできますが,同じテーマが続くので,いったん切りましょう。時間を置いてからの課題といたします。

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