2012年10月5日金曜日

学位の有無別にみた博士課程修了者の進路

 8月30日の記事では,大学院博士課程修了者の進路状況を明らかにしました。資料は,文科省の『学校基本調査報告(高等教育機関編)』です。

 これは最も公的な基幹統計ですが,進路カテゴリーの区分が粗いという難点があります。「就職」にしても,大学専任教員ないしはポスドクなど,職種の構成が気になります。また,いずれのカテゴリーにも該当しない「その他」というのがクセモノで,この広範な「屑かご」カテゴリーの中身が見えないことも不満です。

 上記の記事に関するツィッター上のつぶやきを拝見しても,そのような声がちらほら見受けられます。そこで,修了生の進路をもっと仔細に調べ上げた調査資料はないものかと探してみたところ,文部科学省科学技術政策研究所の手になる『我が国における人文・社会科学系博士課程修了者等の進路動向』というものをみつけました。
http://www.nistep.go.jp/archives/5432

 この調査の対象は,2002年度から2006年度までの博士課程修了生(満期退学者も含む)です。抽出調査ではなく,全数調査とされています。なるほど。収集された総ケース数(75,197人)は,『学校基本調査』から分かる,同期間の修了生の累積値とほぼ等しくなっています。

 5つの年度の修了生について,修了直後の状態を再現してみましょう。下図は,主な専攻系列ごとの帯グラフです。


 就職者の職種構成が分かるようになっていますが,理系の場合,ポスドクや研究職が多いようです。文系は,大学の専任職や非常勤職(その他)でしょうか。修了と同時に大学専任職をゲットできた(幸運な)者は,私がでた教育・芸術系の場合,全体の17.4%なり。人文系は10.1%,社会系は15.8%です。ここでいう専任には,有期雇用も含まれますので,まあ,こんなものでしょう。

 ちなみに私は,2005年春の教育系修了者で,修了直後は大学非常勤講師でしたから(今も),上図の緑色の部分に含まれることになります。

 次に,右側の「おめでたくない」層に目を転じましょう。文系の3専攻系列では,職業不明という者が最も多くなっています。ほぼ3人に1人です。職業不明の事由の多くは,連絡がつかなかった,ということであろうと思われます。その意味で「行方不明者」と言い換えてもよいかと思いますが,表現に飛躍がありますので,資料の記載の通り,職業不明者ということにしましょう。

 続いて,黒色の「無職」に注意してください。この中には,学生や専業主婦(夫)は含みません。これらは,お隣の⑥に含めています。したがって,上図でいう無職は,非自発的な理由で職に就けないでいる者であるとみてよいでしょう。

 こうみると,修了生の惨状の度合いを測るバロメーターは,⑦と⑧の合算値であるといえましょう。ほう。人文系と社会系は,この値がちょうど4割に達しています。5人に2人です。やはり,理系よりも文系の専攻で惨度が高いようですね。この点は,『学校基本調査』から分かることと同じです。

 ここまでは,8月30日の記事のおさらいのようなものですが,本記事の主眼はこれからです。ここで参照している科学技術政策研究所の資料では,人文・社会系の博士課程修了生の動向が仔細に分析されています。タイトルに偽りなしです。

 上図でみたような修了直後の状態を,各系列の下にある細かい専攻分野ごとに知ることもできます。人文系の場合,文学,史学,および哲学という下位分野を内包していますが,これらについても同じ統計をつくることができるわけです。

 また,さらにスゴイのは,博士号学位取得者と満期退学者の違いも分かることです。文学専攻の場合,前者は798人,後者は1,839人となっていますが,この2つの群で,修了直後の状態がどう異なるのかが注目されます。この点を吟味することは,学位取得の効果(benefit)を測ることにもつながるでしょう。

 私は,文系の8つの専攻分野の修了生について,修了直後の状態を,博士号学位の有無別に明らかにしました。上図の8つのカテゴリーの組成をベタに提示する必要は薄いと思うので,明の部分(②大学専任+④研究職)と,暗の部分(⑦無職+⑧職業不明)に焦点を合わせることにしましょう。

 横軸に大学専任・研究職(明),縦軸に無職・職業不明(暗)の比率をとった座標上に,16の群を位置づけてみました。8つの専攻分野の修了生を,学位の有無で分割した16群です。Aは学位取得者,Bは満期退学者であることを意味します。


 予想がつくことですが,ほとんどの分野において,Bが左上,Aが右下に位置しています。やはり,専攻を問わず,学位取得者のほうが正規職にありつける確率は高いようです。一方,学位を取らないで退学した者は,よからぬ状態に陥る可能性が相対的に高いことが知られます。

 図中の16の群のうち,惨度が最も高いのは芸術専攻の退学者です。この群では,全体の53.8%が無職ないしは職業不明者です。ほか,商学・経済学や人文系の3専攻の退学者が,近辺に位置しています。

 対極の右下に目を移すと,社会学や教育学の学位取得者は比較的好調です。点線の斜線は均等線であり,この線よりも下にある場合,無職・職業不明者よりも,大学専任教員・研究者のほうが多いことになります。

 社会学専攻では,A群とB群の位置の開きが大きくなっています。つまり,学位の有無による差が大きい,ということです。この専攻の場合,在学中に何とか学位を取りたいものですね。

 こうした学位の有無による違いを,専攻分野ごとに可視化してみましょう。各専攻分野について,AとBの位置を線でつないでみました。矢印の始点(しっぽ)はB,終点(行き先)はAの位置です。矢印が長いほど,学位取得の効果が大きいことが示唆されます。


 法学・政治学を除く全ての分野において,右下がりの矢印になっています。博士号をとることで,無職・職業不明率が減じ,代わって正規就職率が増す,ということです。しかし,線の長さはまちまちで,最も長いのは社会学です。この専攻の場合,博士号をゲットすることで,「天への川」を渡ることができます。私が出た教育学専攻も然り。

 法学・政治学専攻のみ,矢印の向きが他と違っています。学位をとることで,無職率は下がりますが,正規就職率もダウンします。この専攻の場合,司法試験浪人などがいますから,他と異なる傾向になるのではないかと推察されます。

 本記事で新たに分析したことは,学位の取得の有無によって,人文・社会系の博士課程修了生の状況がどう変異するかです。皆さまの参考に与するところがあれば幸いです。