2012年8月10日金曜日

民間企業勤務者の年収分布

勤労者の年収の分布は,ここ20年度ほどの間でどう変わってきたのでしょうか。今回は,この基本的な問いに答えるデータを出してみようと思います。

 人々の年収分布を知ることができる統計資料としては,総務省の『全国消費事態調査』や『就業構造基本調査』がありますが,これらは5年刻みの調査なので,逐年の細かいトレンドを明らかにすることはできません。

 内閣府の『国民生活に関する世論調査』や『社会意識に関する世論調査』(毎年実施)でも,対象者に年収を問うていますが,この設問は,2006年度調査以降なくなっています。無回答(回答拒否)が多くなったか,あるいはクレームでもついたのでしょう。

 私が今回用いるのは,国税庁の『民間企業給与実態統計調査』です。本調査では,各年の1月から12月まで継続して勤務した者について,1年間に支給された給与額(年収)の分布が集計されています。ここでいう給与の中には,手当や賞与も含みます。勤労者の確定申告に依拠して作成された統計ですから,信憑性は高いとみてよいでしょう。

 この調査の対象からは,就労していない者や公務員は除かれますが,わが国の労働人口の大半は民間企業勤務者ですので,大よその傾向は把握できると思います。

 原資料では,100万円刻みの細かい分布が明らかにされていますが,これをそのままグラフにすると見にくくなるので,200万円刻みのラフな分布の変化をみてみましょう。統計の出所は,下記サイトの表3-2です。時系列データも収録された表になっています。
http://www.nta.go.jp/kohyo/tokei/kokuzeicho/jikeiretsu/01_02.htm


 1990年代以降,年収200万円以下の層の比重がやや高まっています。1990年では19.6%であったのが,2003年に20%を超え,2010年の値は23.0%となっています。今日では,民間で働く者の5人に1人が年収200万以下,言いかえれば「ワープア」です。

 その一方で,超がつく富裕層の量も増えています。年収が2000万円を超える民間企業勤務者は,1990年では約10万人でしたが,2010年には18万人にまで増加しています。全体に占める比率という点はごくわずかですので,グラフに入れませんでしたが,「下」も増えていれば「上」も増えているという傾向が看取されます。

 一言でいうなら,収入格差の拡大です。国税庁の年収分布の統計を使って,民間企業勤務者の収入格差の程度を測る指標を計算してみましょう。ここでう指標が何かはお分かりですね。そう,ジニ係数です。

 ジニ係数とは,社会を構成する各階層の人間の量の分布と,それぞれの層が受け取っている富の分布とを照らし合わせて算出するものです。2010年のデータにて,両者を比べるとどうでしょう。下表をご覧ください。ジニ係数を出す場合は,なるべく細かい分布のほうがよいので,原資料に掲載されている,100万円刻みのデータを用いています。


 まず左欄の相対度数をみると,人数の上では全体の3.8%しか占めない「1000万円以上」の層(⑪~⑬)が,富量という点では,全体の13.7%をもせしめています。

 富量とは,各階層の平均的な年収を,それぞれの人数に乗じたものです。人数の合計を100とすると,②の階層には,150万(階級値)×15.0人=2250万円の富があてがわれたことになります。階層③は,250万円×17.6人=4400万円です。全階層が受け取った富量を合計すると,4億960万円。よって,富量の比重という点でいうと,階層②は全体の約5.5%,階層③は約10.7%,という次第です。

 各階層の人数の分布と,配分された富量の分布のズレは,右欄の累積相対度をみればもっとクリアーに分かります。黄色のマークの箇所をみると,年収400万以下の①~④の階層は,人数の上では全体の58.6%,ほぼ6割を占めるにもかかわらず,受け取った富量は全体の32.6%に過ぎません。ということは,残りの7割の富は,それよりも上の4割の階層に持っていかれていることになります。

 まあ,社会主義体制の社会でもない限り,富の配分の仕様に偏りがあるのは当然です。5月8日の記事でみたように,南米のブラジルにおける富の偏りは,わが国の比ではありません。しかし,それも程度の問題で,一定の度合いを超えると,社会が覆りかねない事態になります。

 そうした「ヤバい」事態にどれほど近づいているか。ジニ係数は,このことを教えてくれます。では,上記の2010年データを使って,この指標を計算してみましょう。ジニ係数を出すには,ローレンツ曲線を描くのでしたよね。

 下図は,横軸に人数の累積相対度数,縦軸に富量の累積相対度数をとった座標上に,13の所得階層をプロットし,各々を曲線で結んだものです。これが,ローレンツ曲線です。


 ジニ係数とは,このローレンツ曲線と対角線で囲まれた部分の面積を2倍した値です。お分かりかと思いますが,曲線の底が深いほど,つまり色つきの部分の面積が大きいほど,ジニ係数は高くなります。色つき部分の面積の出し方については,昨年の7月11日の記事をご参照ください。

 さて,上図をもとに,2010年の民間企業勤務者の年収のジニ係数を出すと,0.365という値になります。ジニ係数は,0.0(完全平等)~1.0(極限の不平等)までの値をとりますが,一般的にいわれる危険水準は0.4だそうです。係数が0.4を超えた場合,社会が不安定化する恐れがあり,特段の事情がない限り,格差の是正が求められるという,危険信号と読めるそうです。

 ほう。この危険水域に結構近いのですが,この状況は,いつ頃から現出してきたのでしょう。1990代以降の各年について,同じようにしてジニ係数を出し,推移線を描いてみました。


 民間企業勤務者の年収のジニ係数は,2002年以降跳ね上がり,2008年には0.379とピークに達します。2008年といえば,リーマン・ショックが起きた年です。整理解雇や派遣切りが大量に行われ,年末には「年越し派遣村」のような施設が設けられた年でした。

 ジニ係数は,09年,10年となるに伴い,ガクン,ガクン,と低下していますが,今後はどうなるでしょう。予断は許されません。

 ところで,昨年の7月11日の記事において,『家計調査』から出した2010年のジニ係数は0.336でした。同じ年ですが,今回の数値(0.365)はそれを上回っています。『家計調査』のデータは世帯単位のものですが,非就労者や単身者など,あらゆる人間を調査対象に据えています。今回使った国税庁調査の対象は,民間企業勤務者のみです。

 社会全体よりも,民間企業勤務者の集団において,収入格差の程度が大きい。このことは,働いている者と働いていない(働けない)者の格差と同時に,働いている者の間の格差の問題も侮れないことを示唆しているように思います。

 先ほども述べたように,格差が全くない社会はありません。しかるに,わが国の民間労働者の収入格差は,危険水域に近接しつつあります。当局は,事態の観測を絶えず怠るべきではないでしょう。

 ちなみに,国税庁の『民間企業給与実態調査』では,勤務者の男女別の収入分布も明らかにされています。機会をみつけて,男女別のジニ係数も出してみるつもりです。予想ですが,女性労働者の収入格差って大きいのではないでしょうか。

 では,今回はここにて。これから,映画『苦役列車』(原作:西村賢太)を観にいってきます。今日で放映が終了とのこと。昨日の夜に気づいたのですが,危ないところでした・・・。