2012年7月17日火曜日

教員の学習

教員は,子どもを教え導く存在ですが,知識や技術の伝達者である以上,自らも絶えず学び続けなければなりません。

 5月15日に中教審から出された「教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について(審議まとめ)」は,教員を「高度専門職」として位置づけ,これからの教員には,「教職生活全体を通じて自主的に学び続ける力」が必要であると明言しています。
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo11/sonota/1321079.htm

 まあ,その必要性はいつの時代でも同じですが,社会の変動が激しい今日,それはますます顕著になっているといってよいでしょう。ちなみに,法規の上でも,教員は「研究と修養」に努めることを義務づけられています(教育基本法第9条2項,教育公務員特例法第21条1項)。

 ところで,お上が想定している「研究や修養」の内容は,教科の専門知識や授業技術というようなことが主だと思いますが,それだけでは足りません。教員には豊かな人間性(上記の中教審の文書がいう「人間力」)が求められる以上,職務とは離れた幅広い教養や社会体験というようなことも,その一角を構成すべきであると思います。

 今回は,教員のうち,広い意味での学習を行っている者がどれほどいるかをみてみようと思います。ちょっと格好つけていうと,教員の「生涯学習」状況の調査です。

 7月13日に,2011年の総務省『社会生活基本調査』の結果が一部公表されました。この公表資料から,調査日の前の1年間(2010年10月20~11年10月19日)における,対象者の学習行動実施状況を職業別に知ることができます(下記サイト表9-1)。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001039112&cycode=0

 設けられている職業カテゴリーの中に「教員」があります。用語解説によると,学校教育法第1条が規定する正規の学校のほか,専修・各種学校の教員も含まれるそうです。しかるに,母集団の組成からして,多くが小中高の教員であるとみてよいでしょう。

 本調査の結果をもとにすると,教員144.4万人のうち,上記の1年間に何らかの学習・自己啓発行動を行った者は84.9万人と推計されます。よって,1年間の教員の学習行動実施率は,後者を前者で除して58.8%となります。およそ6割。この値を,専門・技術職全体や有業者全体と比べてみましょう。


 教員は,有業者はむろん,類似業者と比べても,学習行動の実施率が高くなっています。まあ,そうでなかったらチト不安になるのも事実ですが。では,どういう種類の学習行動の実施率が高いのでしょう。上記調査で設けられている,9種類の学習行動の実施率をグラフ化しました。


 この1年間で実施した学習行動を,複数回答で尋ねた結果です。専門・技術職全体で,外国語の学習率が高いようです。専門・技術職には,教員のほか,法務従事者,経営・金融・保険専門職従事者,芸術家などが含まれますが,これらの職には,外国語が必須となっているのでしょう。

 教員で目立って高いものはというと,パソコン,人文・社会・自然科学,および芸術・文化です。教育の情報化が進むなか,教員にはパソコンスキルが求められるようになっています。後二者は教養的な内容であり,こちらも,教員の特性が出ているような気がします。

 教員は,他の専門職従事者と比して学習行動率が高いこと,その内容も,職務と直結した狭いものに限られていないことが分かり,安堵しました。しかし,それを打ち消すデータもあります。過去との時系列比較です。

 総務省『社会生活基本調査』は5年おきに実施されているのですが,10年前の2001年調査の結果でみると,教員の1年間(2000年10月20日~01年10月19日)の学習行動実施率は73.4%です。冒頭の表でみた2011年の率は58.8%ですから,この10年間で15ポイントほどダウンしたことになります。

 なお,種類別の学習行動率も軒並み減少しています。上図の9種類の実施率がどう変わったかを調べてみました。


 最も減少幅が大きいのは,パソコン関係です。2001年調査では,半数に近い数値が記録されています。この時期は教育の情報化のはしりであり,教員らが熱心にパソコンを学んだ,ということかもしれませんが。

 ほか,減少幅が10ポイントを超えるのは,人文・社会・自然科学と芸術・文化です。先ほどのグラフでみたように,この2項目の学習率は,教員は他の職種よりも高いのですが,10年前と比べたらかなり減っていることが気がかりです。

 この10年間には,いろいろなことがありました。2006年の教育基本法改正,07年の教育三法改正,09年度からの教員免許更新制導入など。その中には,教員の「ゆとり」を奪う結果につながったものもあるでしょう。こうしたことが,教員をして,幅広い教養や文化を学ぶ機会から遠ざけているというのであれば,看過できることではありません。

 開業医が患者を診察するのは,週のうちの半分であるといいます。それ以外の時間は,常に進歩する医学知識の摂取や,関連学会への参加などに充てられます。大学教員も,授業に充てられるのは,多くても週の半分くらいでしょう。他の時間は,自らを高めるための研究に費やされます(最近は雑務が大ですが)。また,1年ほどの研究専念期間(サバティカル)の制度もあります。

 冒頭で引いた中教審の文書がいうように,教員を「高度専門職」とみなすのであれば,職務から離れる「ヒマ」を付与すべきかと思います。しかるに,上記の時系列データをみるに,それとは逆の方向にいっているような印象を受けるのは残念です。

 回を改めて,同じく『社会生活基本調査』のデータを使って,教員の趣味・娯楽の実施頻度や,その内実をみてみようと思います。教員も「生活者」です。こうした「あそび」の領域も充実されねばなりません。では,今回はこの辺で。