2012年4月21日土曜日

博士課程院生の研究業績

私の母校の東京学芸大学大学院博士課程は,博士号学位授与の要件として,査読つき論文2本を課しています。博士論文の質を保障しよう,という意図からでしょう。こうした客観的な基準を設けているのは,学芸大だけではないと思います。

 求められる2本の査読論文のうち,1本は学内発行の院生論文集でよいのですが,もう1本は全国レベルの学会誌に載せることとされています。厄介なのは後者です。学内雑誌の場合,お情けで通してくれる面もあるのですが,学会誌はそう甘くありません。複数の匿名レフリーから,情け容赦ない辛辣なコメントが返ってきます。

 私の場合,学会誌(『日本社会教育学会紀要』)への論文掲載が決まったのは,博士課程3年時の2月でした。11月に論文を投稿し,3か月ほど経った2月半ばに審査結果が来たのですが,封筒を開封する時の緊張感は今でも覚えています。

 その時点で留年は決定していたのですが,もし「不採択」という結果の場合,また翌年再トライですので,在学年数がさらに延びることになります。授業料の関係上,それはキツイところです。でも「採択」なら,博士論文提出の資格が得られることに・・・。

 さあ,運命の分かれ道。学会の名が記された長3の封筒をハサミでゆっくりと開封し,手を入れると,3つ折りにされたA4用紙が数枚入っています。1枚が審査結果通知で,残りは査読コメントでしょう。恐る恐る一番上の紙を見ると・・・


 「うおー!」絶叫し,布団にダイブ。数分間転げ回りました。バカ丸出しですが,一度落とされているだけに,嬉しさもひとしおであったのは確かです。

 今も,全国のどこかで,このスリリングなゲームに晒されている院生さんがおられることでしょう。よい結果が出ることをお祈りしています。*他人事のような言い方ですみません。

 このようなことを思い出しているうちに,はて,博士課程院生の平均的な仕事ぶりはどのようなものか,という関心が芽生えてきました。私の場合,査読論文2本書くのに4年を要したわけですが,それよりも短期間で2本も3本も仕立てるような猛者はどれほどいるのでしょう。

 文科省の『大学等におけるフルタイム換算データに関する調査』をもとに,全国の博士課程院生諸賢の業績拝見といきましょう。最新の2008年度調査の結果をみてみます。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001058421

 この年の博士課程3年生(2006年入学)の業績分布は下表のようです。サンプル数は626人。博士課程入学後から調査時点までの業績数分布です。上記サイトの表B-12のデータをもとに作成した表であることを申し添えます。


 まず日本語による業績をみると,学会発表は3件という回答が最も多くなっています。まあ,学会発表はそれなりの数をこなしている人が多いようです。5件以上という者も3割ほどいます。私は,D3時点では確か4回だったかな。

 しかるに学会発表は,自分の研究をアピールするためのよい機会ではありますが,純粋な研究業績としてはあまり評価されません。エントリーさえすれば誰だってできるから。著しく水準が低い発表も見受けられることから,日本教育社会学会では,発表の事前審査の導入を検討しているとか。

 それはさておき,論文となると,数がガクンと減ります。1本でも書いたという者の比率は,査読あり論文は28.0%,査読なし論文は23.6%です。裏返せば,残りの7割以上の者が1本も論文を認めていないことになります。

 「少なすぎないか?」と思われるかもしれませんが,単著ないしは第一著者(ファースト・オーサー)の業績に限定しているためでしょう。また,これが最も大きな理由ですが,理系の院生は外国語の業績を挙げることに力を入れているためです。

 理系の場合,日本語の論文は評価されません。理系の研究者の卵たちは,"Nature"や"Science"のような世界レベルの超一級誌に論文を載せることを夢見ています。文系もそうであるべきだ,という意見もあります。社会学徒を名乗るなら,"ASR"や"AJS"といった米国の一級の社会学雑誌に論文を発表することを目指すべきなのかもしれません。

 外国語の査読あり論文を1本でも書いている者は,全体の45.2%です。外国語の学術雑誌のほとんどは査読がつくので,査読なし論文は0件という回答が多いことにご注意ください。

 さて,D3の時点において,学芸大学の博士論文提出条件を満たしている者の比率を出してみましょう。上表によると,日本語の査読あり論文を2本以上書いている者は全体の14.9%,外国語のそれを2本以上書いている者は21.4%です。両者の重複がないと仮定すると,日本語ないしは外国語の査読論文を2本以上発表済みの者の比率は36.3%,およそ4割弱ということになります。

 うーん,4割が3年以内に査読論文を2本揃えるのだなあ。まあ,上記の文科省調査でいう査読論文には,学内の院生論集のような媒体(ある論者曰く,「名ばかりレフリー誌」)のものも多く含まれるのでしょうが。

 しかるに,博士課程の院生諸氏が予想以上にがんばっておられることを知りました。敬意を表します。「絶対に3年で書く!」という意気込みを持っている方も少なくないでしょう。

 でも,あまり焦るとよいことはありませんよ(だらだらするのはもっとよくありませんが)。学芸大学の博士課程は,修了生をセミナーに招いて,博士論文執筆にまつわる体験談や苦労話を在学生に話してもらう,というイベントを開催しています。下記サイトに,登壇者の話のレジュメがアップされています(「先輩に聞く学位論文執筆経験談」)。参考になる点もあろうかと存じます。興味ある方はご覧あれ。
http://www.u-gakugei.ac.jp/~graduate/rengou/zaigaku/gyouji/seminar.html

 ちなみに,私のバカ話も載っています。反面教師としてお使いください。