2012年3月25日日曜日

子どもの希望の剥奪

前回,若者(30代)の「希望」の話が出ましたが,「絶望の国」と形容される今の日本社会において,子どもたちはどれほど希望を持っているのでしょうか。

 世間ズレしていない子どもの場合,大人とは違った側面が出てくると思われます。小学校低学年の児童に,将来の夢を尋ねた場合,「会社員」や「公務員」などというシニカルな答えが返ってくることは,そうはありますまい。スポーツ選手や芸術家など,大きな夢を口にする子どもが多いと思われます。

 しかるに,そうした大きな希望も,在学期間中に,徐々に現実的なものに「クールアウト」されます。残念ですが,このようなことも,学校に期待される重要な社会的機能の一つです。

 ですが,それも程度問題です。夢や希望を現実的な水準に「冷却」するというのならまだしも,それらの存在そのものが「破壊」されるというのは問題です。社会の中で果たすべき役割(アイデンティティ)を子どもに自覚させるべき学校において,それとは真逆のことが行われていることになります。

 このような事態になっていないかを確認するには,将来の夢や目標を持っている(持っていない)子どもの量が,在学期間中にどう変化するかを観察するのがよいと思います。

 小学校6年生と中学校3年生を対象とする,文科省の『全国学力・学習状況調査』は,2007年度から実施されています。同年度の調査対象となった小学校6年生は,3年後の2010年度には中学校3年生になっています。つまり,2010年度調査において,再び調査対象に据えられているわけです。

 2007年度の小6調査と,2010年度の中3調査の結果を比較することで,同一集団(1995年4月~1996年3月生まれ世代)の意識の変化を明らかにすることができます。私は,「将来の夢や目標を持っていますか」という問いに対する,この世代の回答分布が,小6から中3にかけてどう変わったかを調べました。
http://www.nier.go.jp/kaihatsu/zenkokugakuryoku.html

 文科省の上記調査は,2010年度より抽出調査になっています。よって,調査対象校の設置者構成(国公私)が変わっていることが考えられますので,公立学校の対象者の統計を使います。


 上図によると,小6から中3までの3年間にかけて,将来の夢や目標(以下,希望)を持っている子どもが減っています。「あてはまる」という最も強い肯定の回答の量は,66.6%から44.3%に減少します。代わって,後二者の否定の回答の数値が16.1%から28.2%へと増加します。

 小6から中3にかけての変化は,希望の内容の修正(冷却)というよりも,希望そのものの剥奪という性質のものであるようです。わずか3年間で,これほどまでの変化があるとは。

 中学校になると,試験の回数が多くなり,周囲と比した自分の位置を冷徹に思い知らされる機会が多くなります。また,主要教科の勉強が重視されるようになり,工作や音楽などができても,「そんなことができて何になるのだ」と一蹴されることも多くなるでしょう。こういうことが,上記のような(病理)現象を来たしているのかもしれません。

 ところで,上図にみられるような,希望の「剥落」現象の程度は,地域によって異なっています。私は,上図と同じ統計を47都道府県について作成しました。上記の設問に対し,「あてはまる」と答えた者の比率が,小6から中3にかけてどう変わったかを,県別にみてみましょう。


 希望を持っている子どもの比率は,小6,中3とも,宮崎が最も高くなっています。その反対は新潟です。小6から中3にかけて数値が低下するのは全県共通の傾向ですが,その程度は一様ではありません。

 この3年間の減少率を出すと,最も高いのは岩手で,38.6%の減です(65.0→39.9)。減少率の上位5位は,岩手,鳥取,滋賀,新潟,および福岡です。これらの県は,中学校在学中における,子どもの希望の剥落が比較的大きいと判断されます。

 減少率が最も低いのは福井で,それに次いで,栃木,宮崎,青森,秋田,となっています。福井と秋田は学力テストの上位常連県ですが,この2県の偉業は,子どもの希望の剥落の程度が小さい点にも見出されます。

 上表の減少率が大きい県と小さい県では,何が違うのでしょうか。学力の地域差の要因に関心が向けられることが多いのですが,こういう面での地域差の要因分析も重要であると存じます。この点については,地域の社会経済特性よりも,各県の学校における教育実践の中身の要因の規定力が大きいと思われます。

 文科省の『全国学力・学習状況調査』では,調査対象の各学校に対し,「児童・生徒に将来就きたい仕事や夢について考えさせる指導をしていますか」と問うています。この設問への回答状況と,子どもの希望の量の相関分析をしてみたらどうでしょう。

 文科省の学力調査は「宝の山」で,いろいろやりたい課題が出てきます。きちんとメモを取っておかねば。