2012年2月22日水曜日

教員の精神疾患率の性差

病(辞)める教員の姿を赤裸々に描いた,朝日新聞教育チームの『いま,先生は』(岩波書店,2011年)が反響を呼んでいるようです。無味乾燥な数字ばかりいじっている私ですが,こういう生々しいケースに触れるのも大切と考え,購入しました。
http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN978-4-00-022187-0

 この本では,心を病む,教壇を去る,さらには命をも落としてしまう教員のケースが紹介されています。きちんと数えたわけではないですが,本書の取材対象として出てくる教員には,女性教員が多いように感じました。第1章「教壇をさる教師たち」では6つのケースが扱われていますが,そのうちの4ケースは女性教員のものです。

 うーん。どちらかといえば,男性教員よりも女性教員のほうが,各種の問題に遭遇する確率が高いのでしょうか。中学や高校段階になると,こうした性差は大きくなってくるように思えます。私が中学生の頃,ヤンキーたちが「今度のセンコーは女だからチョロイぜ」などとよく口走っていたものでした。

 今回は,精神疾患による教員の休職率が,男女でどう違うかをみてみようと思います。文科省に情報公開申請をして入手した内部資料から,精神疾患で休職した公立学校の教員の数を男女別に知ることができます。2010年度間の数字です。この数を,同年の5月1日時点における公立学校の本務教員数で除して,精神疾患による休職率(以下,精神疾患率)を計算しました。分母となる,本務教員の性別の数は,文科省『学校基本調査』に掲載されています。

 まずは,学校種ごとに,男女の精神疾患率を出してみましょう。単位は‰です。本務教員千人あたり,精神疾患者が何人いるか,という意味です。


 最下段の全学校種の精神疾患率を比べると,男性は5.9‰,女性は6.1‰で,ほぼ同じです。しかし,学校種ごとにみると,少なからぬ性差が観察されます。中学や高校では,女性の精神疾患率が明らかに高くなっています,高校の女性教員の精神疾患率は,男性の1.39倍です。腕力のついた生徒が相手であるだけに,分かるような気がします。

 男性では,特別支援学校教員の精神疾患率が高くなっています。女性の1.46倍です。本務教員の数をみると,特別支援学校では,男性教員の数は少ないようです。障害のある子どもを教育する特別支援学校では力仕事が多いと思いますが,少ない男性教員にそういう仕事が集中してしまうこともあるかと思います。上記の『いま,先生は』では,仕事を一手に抱え込み,過労の果てに命を落としてしまった,養護学校の男性教員のケースが取り上げられています(47~54頁)。

 次に,男女教員の精神疾患率を都道府県別に出してみましょう。性差の様相は,地域によって異なるものと思われます。なお,各県の休職者数を性別・学校種別にバラすと数がかなり少なくなってしまうので,全学校種の精神疾患率の男女別数値を出しています。


 上表によると,男性の精神疾患率のほうが高い県もあれば,その逆の県もあります。その数は,ほぼ半々というところです。

 精神疾患率が男女で1ポイント以上違う場合は,高いほうの値をゴチにしました。2ポイントを超える差の時は,赤色のゴチにしました。赤色のゴチに着目すると,男性の率が高い2県(和歌山,広島)と,女性の率が高い3県(神奈川,佐賀,沖縄)を検出できます。

 最後に,男性と女性の精神疾患率のどちらが,都市的な環境と関連が強いのかを明らかにしましょう。都市化の指標の代表的なものに,人口集中地区居住率があります。字のごとく,人口集中地区に住んでいる人口が全体のどれほどいるか,という指標です。2010年の『国勢調査』の県別数値がまだ公表されていないので,2005年の数字をとると,最高は東京の98.0%,最低は島根の24.2%です。県によって都市化の程度にはかなりの差があります。

 この指標と,男性教員の精神疾患率(上表)の相関係数を出すと0.451です。女性教員の精神疾患率とは0.518という相関です。いずれも有意な相関ですが,女性の精神疾患率のほうが,都市的な環境とのつながりが強いようです。下に,相関図を掲げておきます。


 沖縄は「外れ値」的な位置にありますが,東京,神奈川,そして大阪といった都市県において,女性教員の精神疾患率が高いことが知られます。中高生の非行や問題行動の頻度が高いためではないかしらん。都市部では,学校に無理難題を吹っ掛けてくるモンスター・ペアレントも多そうです。

 今回は性別の精神疾患率をみましたが,人間を分類するもう一つの基本軸である,年齢層別の精神疾患率はどうか,という関心が持たれます。上記の『いま,先生は』では,1チャプターを割いて,若年教員の問題が扱われています。年齢層別・学校種別の休職者数の県別数値を,現在,文部科学省に申請しているところです。出してもらえるか分かりませんが,資料をゲットできたら,分析結果をこの場でご報告いたします。