2012年1月18日水曜日

大学の偏差値と退学率

昨年の12月17日の記事では,597大学の初年次退学率を明らかにしたのですが,この値は,各大学の偏差値によってどう異なるのでしょう。このような問題を追及するのはタブーかもしれませんが,関心をお持ちの方もおられると思います。まあ,どういう結果が出るかは,おおよそ見当がつきますが,実証的な数量データを提示したいと思います。

 学研教育出版が毎年刊行している『大学受験案内』から,全国の私立大学の各学部の偏差値(河合塾提供)を知ることができます。偏差値とは,入試難易度の尺度として用いられるものです。
http://hon.gakken.jp/book/1130331600

 最新の2012年度版の資料によると,私が非常勤として勤務する武蔵野大学の各学部の偏差値は,薬学部が52.5,看護学部が55.0,文学部が52.5,政治経済学部が50.0,人間関係学部が55.0,環境学部が50.0,教育学部が55.0,グローバル学部が50.0,となっています(889頁)。これらを平均した52.5をもって,この大学の偏差値とみなすこととします。

 このようにして明らかにした各私立大学の偏差値と,学生の初年次退学率とを関連づけてみましょう。後者は,読売新聞教育取材班の『大学の実力2012』から得ることができます。2010年4月入学者のうち,翌年3月までの間にどれほどの者が退学したか,除籍になったかを表す指標です。詳細は,昨年の12月17日の記事を参照ください。

 偏差値と初年次退学率の両方を知ることができるのは,434の私立大学です。文科省『学校基本調査』から分かる,2010年5月1日時点の私立大学の数は599ですから,母集団の72.5%がカバーされていることになります。

 私は,偏差値に基づいて,各大学を5つにグルーピングしました。35未満(BF),30台後半,40台,50台,60以上,です。35に満たない大学は,BF(ボーダーフリー)大学として括ることとします。字のごとく,境界がない大学,チョー簡単に入れる大学です。

 これらのグループごとに,初年次退学率の分布をとってみました。グループ間の比較を行うため,相対度数分布(%)を出しています。下表をご覧ください。


 偏差値40台の大学が最も多いのですが,このグループでは,初年次退学率が1%台の大学が32.1%を占めます。しかるに,偏差値が下るにつれて,分布のピーク(赤色)が下方にシフトしてきます。左端のBF大学でみると,分布の山が,5%台と7%台の階級にあります。

 BF大学の数は84ですが,そのうちのほぼ半数(41大学)で,初年次退学率が5%を超えています。20人に1人以上が,入学後1年を待たずして大学を去る,ということです。

 次に,在学期間中(4年間)の退学率との関連をみてみましょう。在学期間中の退学率とは,2007年4月入学者のうち,どれほどの者が,2011年3月までの間に退学・除籍になったかを表す指標です。読売新聞教育取材班の上記資料から得ることができます。425の私立大学について,この意味での退学率と偏差値を揃えることができました。両者の相関をみてみましょう。


 初年次退学率との相関よりも,いっそうクリアーな相関になっています。赤色の最頻値(Mode)の位置が,きれいな左下がり(右上がり)の傾向を呈しています。偏差値50台の大学では,在学期間中の退学率が4~5%台という大学が最多ですが,BF大学では,16~17%台という大学が最も多いのです。BF大学でいうと,在学期間中の退学率が10%を超える大学が全体の74.1%に相当します。

 何も言いますまい。巷でささやかれている。偏差値と退学率の相関関係が,データで裏づけられました。最後に,2種類の退学率の平均値を,それぞれの偏差値グループについて出し,折れ線でつないだ図を提示しておきます。


 図中の2つの曲線をみると,4年間の退学率のほうが,曲線の傾斜がきついような印象を受けます。こちらのほうが,グループ間の差が大きい,ということです。グループ間の平均値の差の度合いを示す標準偏差を出すと,4年間の退学率は4.15,初年次退学率は1.55です。前者のほうが,値が大きくなっています。

 在学期間を経るにつれ,不適応を起こす学生の量の差が広がってくることが示唆されます。教育社会学の理論に,「配分→社会化」仮説というものがあります。人がある組織に配分されると,当該の組織に向けられた世間のまなざし(役割期待)に沿うような形で,当人が社会化される,というものです。

 たとえば,中学時代までは普通だった少年が,低ランクの高校に入り,しばらくの時を経ると,不良少年になってしまうことがあります。当該の高校に蔓延する逸脱カルチャーに染まる,「あの高校だから・・・」という世間のまなざしを常に意識する,というようなことが大きいと解されます。

 ある教育機関において,子どもがどのような社会化を遂げるかは,当該の機関における教育実践の中身に規定されますが,それと同時に,いやそれ以上に,当該組織の成員であるという客観的な事実の影響を被ることも,否定できません。社会学の観点からは,こうした集団の外的拘束力の存在を強調したいところです。

 このような見方は,現場の教育実践など無力だと言っているようで,あまり歓迎できたものではないでしょう。私とて,それほどまでに偏った見解を提示するものではありません。世間からのラベル貼り(偏見)を跳ね返すような,すぐれた教育実践が,全国の各大学で展開されていることも,存じ上げております。いわゆる「リメディアル教育」などは,その典型に位置すると思います。

 偏差値の低い大学では,この種の補償教育の実施頻度が高いことでしょう。回を改めて,現場におけるこうした実践的努力の様相を,数で把握してみたいと思っています。