2011年7月15日金曜日

虫歯と貧困

 米国では,全50州中12州において,成人の肥満率が3割を超えたそうです。肥満率が高い州は,『国勢調査』で明らかにされた,貧困層が多い州とおおむね重なっているとのこと。このことについて,「貧困層が,安く栄養の偏ったもので食事を済ませがちなのが主な原因とみられる」と指摘されています。
http://www.asahi.com/international/update/0711/TKY201107110488.html

 このような肥満と貧困の結びつきは,わが国でもみられるところです。1月12日の記事において,東京都内49市区の小・中学生の肥満児出現率が,各地域の生活保護世帯率と強く相関していることを明らかにしました。その原因としては,上記の記事でいわれているようなことが考えられます。経済的に苦しく,子どもに菓子パンやインスタントラーメンばかりを食べさせている家庭も少なくないでしょう。

 自然的・風土的要因や生理的要因は違った,社会・経済的要因によって起こる健康上の格差のことを,健康格差といいます。今回は,別の統計指標をもとに,この現象の一端を把握してみようと思います。

 今回用いる指標(measure)は,未処置の虫歯を持つ子どもの出現率です。肥満児出現率は,貧困による生活の乱れの頻度を測るものですが,今回の指標は,経済的理由によって子どもを医者に診せるのをためらう,あるいは,子どもの健康に無関心である保護者がどれほどいるかを捉えるものです。むろん,歯磨きがきちんと習慣化していないなど,生活の乱れの面を測る指標ともいえます。

 私は,未処置の虫歯を持つ子どもの出現率を,東京都内の49市区別に明らかにしました。東京都教育委員会『2010年度・東京都の学校保健統計』によると,都内49市区の公立小学校1年生92,316人のうち,未処置の虫歯を抱えた者は21,074人です。よって,ここで求めようとする出現率は,後者を前者で除して,22.8%となります。およそ5人に1人です。
http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/buka/gakumu/kenkou/karada/22tghokentokei.htm

 この値を49市区別に出すと,かなりの地域差があります。最も高いのは武蔵村山市の33.9%です。逆に最も低いのは中央区の14.8%です。両地域では,未処置の虫歯を抱える子どもの比率に,倍以上の開きがあります。5%刻みで49市区を塗り分けた地図を示すと,以下のようになります。


 黒色の30%を超える地域は,東村山市,武蔵村山市,および八王子市です。高率地域は西部に多いようですが,25%を超える準高率地域は,東部にもみられます(足立区,葛飾区)。

 さて,ここでの関心事は,虫歯児出現率が,各地域の住民の富裕度とどう相関しているかです。後者を測る指標として,住民1人あたりの都・市区民税負担額を使おうと思います。税金を高く課税されている地域ほど,住民の富裕度が高いと読めます。ここで用いるのは,2008年度の数字です。資料源は,『東京都税務統計年報』です。
http://www.toukei.metro.tokyo.jp/tnenkan/2009/tn09q3i021.htm


 横軸に住民税額,縦軸に未処置の虫歯所持者出現率(小1)をとった座標上に,49市区をプロットすると,上図のようになります。1人あたりの課税額が多い,すなわち富裕度が高い地域ほど,未処置の虫歯を持つ子どもの率が低い傾向にあります。相関係数は-0.615で,明らかな負の相関です。地域の社会経済特性と,子どもの健康状態の結びつきが示唆されます。

 今みたのは,小学校1年生の虫歯児出現率と地域の富裕度の関連ですが,他の学年の虫歯児率と地域特性はどう相関しているのでしょうか。都内49市区の公立学校の虫歯児出現率は,小4で25.6%とピークを迎え,その後は減少します。ですが,49市区間の格差の規模は,学年を上がるほど大きくなります。中学校3年生では,最大の45.2%(東村山市)から最低の11.9%(千代田区)まで,およそ4倍も開くようになります。

 49市区の虫歯児出現率と,1人あたり住民税負担額の相関係数を学年別にみると,下の表のようになります。参考までに,教育扶助を受けている世帯が全世帯に占める比率(教育扶助世帯率)との相関もとってみました。扶助率は,住民税額と同じく2008年のものです。


 地域住民の富裕度(税負担額)に最も規定されているのは,小3の虫歯児出現率です。相関係数は-0.689にもなります。しかし,それ以降の学年になると,相関係数の絶対値はどんどん下がってきます。教育扶助世帯率と虫歯児率の相関が最も強いのは,小2です。こちらも,それ以降は,学年を上がるほど相関が薄れてきます。

 まとめると,未処置の虫歯を抱える子どもの率と貧困指標の関連は,年少の子どもほど大きいようです。年少の子どもの場合,医者を受診するかどうかは,保護者の意志による部分が大きいことでしょう。また,歯磨きが習慣化するかどうかも,親の躾(しつけ)次第による部分が強いと思われます。上記の学年別の相関係数は,このような点から解釈されると私は思います。

 ある程度自我が固まってくる中学生では,本人への指導が重要となるでしょうが,低学年の児童にあっては,保護者への働きかけにウェイトを置くことが求められます。でも,経済的困窮により,子どもを医者にやりたくてもやれない,という家庭もあると思われます。

 保護者が国保料を滞納していることにより,無保険状態に置かれた子どもの存在が問題になりました。それを受けて,現行の国民健康保険法では,保護者が国保料を滞納していても,中学生以下の子どもについては,半年の短期保険証が一律に交付されることになっています。よいことだと思います。保護者との接触機会を増やそうという意図から,有効期間を短期(半年)に区切るというのも妙案です。

 「生きているだけで儲けもの」とはよくいったものですが,こうした基本的な「生」そのものが,最近脅かされつつあります。それは,格差社会化という近年の社会状況と無関係でないことはいうまでもありません。無力で,保護者への依存の度合いが高い(幼少の)子どもについては,とくにそうです。『教育社会学研究』の特集テーマとして,「生の社会学」というのも面白いのではないかしらん。

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