2011年1月14日金曜日

日本社会の内向性

 今,飯島裕子さんの『ルポ・若者ホームレス』ちくま新書(2011年)を読んでいます。20~30代の若年ホームレス50人について,詳細な聞き取り調査を行った労作です。それによると,彼らの多くが,現在の苦境に陥った原因として,「自分が悪い」,「自業自得」というように考えているようです。職場の一方的な都合で解雇された,どんなに職探しをしても職にありつけない,という客観的な事実があるにもかかわらずです。

 このように,日本社会では,自らに責を帰す傾向が強い,もしくはそれが美徳と考えられているふしがあるように思いますが,それは,自殺率の高さにつながっているようにみえます。下表は,わが国の自殺率を他国と比したものです。自殺率とは,人口10万人あたりの自殺者数で,WHOホームページのMortality Databaseから得ました。


 これによると,わが国の自殺率が最も高いようです。でも,その一方で,殺人発生率(人口10万人あたりの殺人事件認知件数,資料は法務総合研究所『犯罪白書・平成19年版』)は,際立って低いのです。

 両者を突き合わせて考えると,やや奇異な感じがします。「社会が悪い」,「今の俺たちの苦境をどうしてくれる!」という気概があるならば,自殺率に相応して,殺人率ももう少し高くなっても不思議でないように思います。今,殺人率と自殺率を合算した値(H+S)を,社会における極限の危機状況の総量とみなすと,わが国では,そのうちの96%が,自らを殺めることによって処理されているわけです。アメリカの66%とは,えらい違いです。


 なお,このような兆候は,最近になって強まってきたようです。上図は,横軸に自殺率,縦軸に殺人率をとった座標上に,1995年と2005年の各国のデータを位置づけたものです。日本のみが,他国と違った動きを示しています。わが国は,殺人率低,自殺率高の内向ゾーンに逃避しているようにみえます。「なに,一人でいじけているの?」という感じです。

 日本は,治安のよい国だといわれますが,社会内部に存在する,極限の危機状況の総量は,他国に劣るものではありません。ただ,そうした害毒の大半が,自らを殺めることによって処理されているだけのことです。しかし,自らにのみ向けられていた殺意が,いつ,外向きに転じるか分かりません。最近における,無差別殺傷事件の続発が,このことを警告しています。

 自らにのみ責を帰す,何でもかんでも自己責任という,内向性の強い国民性があることをいいことに,お上が惰眠をむさぼる,というようなことがあってはならないでしょう。